File.13

 所詮は雇われの実行部隊である彼らが、雇い主を裏切る算段にジャックを利用したい、ということらしい。自身に対する意外な高評価にジャックはほくそ笑む。

 ドルフは自らの企画を披露するビジネスマンのように自信満々で詳しい説明を始めた。


「わしらは具体的な計画内容を知らん。だがそれは適当にあのディアナって女をふん縛れば分かるってもんだ。いや、そんな面倒なことをする必要もないな。わしが君の行う調査をそれとなく見逃していれば君が計画を突き止めてくれるだろう」


 途中からかなりふわふわし不明瞭になりだしたドルフの話に首を傾げざるを得ない。うんざりしたジャックは彼の話を遮った。


「不確定要素が多過ぎる……話にならないな。それにあの土地を守れないんだったら意味がない」

「まあ待て。もちろんあの一家へ手出しはしないし、計画の内容如何では土地だってすぐに返すつもりだ」


 カーリー家の土地に何があるのか、ドルフ・ファミリーも把握していない。敷地内に何かが隠されているのか、土地自体に何かがあるのか、それすらも知らないとなると持っている情報のレベルは大差ないのだろう。


「そういうのが不確定だと言っているんだ、こっちは。もういい、時間の無駄だ」


 そんな彼らとの取引に事態解決の希望を見出せなかったジャックは会話を打ち切って、椅子から飛び降りた。すぐさまドルフが引き留めにかかってくる。


「最低でも一五〇〇万ドルのヤマだぞ」


 思わぬ数字にジャックの耳がぴくりと動く。

 ジャックはそそくさと椅子に飛び乗り、話を聞くことにした。


「その金額、何か根拠があって言ってるのか?」

「ああ。わしがディアナと会った場に、音声だけの参加だったがもう一人いた。あいつらの得る利益がこちらへの報酬より少ないというわけはあるまい。仮に同額だった場合でも五〇〇万ドルの三倍、つまりは一五〇〇万ドルが何かしらで生じているはずだ」


 荒々しい推理と計算だがドルフの話は筋が通ってないわけじゃなかった。それに「もう一人」の存在とジャック達が突き止めた「X」について辻褄が合う。

 揺らぎ始めたジャックの心に、ドルフがダメ押しで付け加えてくる。


「君にも数百万ドルを分ける。それだけの金があれば仮にあの土地を失ったとしても立て直しができるだろう」


 ドルフの言う通り、これが最良の解決法なのかもしれない。流れる血は少ないしアリシアの安全も確保できる。ジャックが望んだ「金で解決」に最も近い手段に思えた。


 しかし甘い蜜のようなこの話の落とし穴についても、ジャックは分かっていた。

 ディアナ達の計画が途轍もなく重大な犯罪であった場合、アリシアにその一部を背負わせることになる。そもそも地方の小さなマフィアの手に負える計画なのかすらも分からない。最悪の場合、ドルフ・ファミリーと心中することになる。


「少し考えさせてくれないか……?」


 一応、アリシアに雇われてる身であるジャックが重要な決断を単独で行うわけにはいかなかった。


「構わんよ。慎重な男は嫌いじゃない。さあ、お客様のお帰りだ」


 ドルフは笑いながらそう言って杖でテーブルを軽く叩いた。間髪入れずにゆっくりと扉が開き、護衛がぞろぞろと部屋に入ってくる。ジャックはそんな太い脚の間を通り抜けることになった。

 部屋を出る直前、不気味なほど陽気な声がジャックの背中に投げかけられた。


「後悔のない選択を期待しているよ」


 振り返ると、ドルフはソファに腰掛けたままであったが、印象的なサングラスは外されていた。


 白濁した目が虚ろに宙へ向けられている。

 この老人は盲目で脚が悪いというのに、ジャックと二人きりで交渉に臨んでいたのだ。

 勇気か愚直の表れか、どちらにせよ彼への評価は改めなければならないかもしれない。

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