File.07
ジャックの要望を快諾したアリシアに連れられて最初に見に行ったのは、家のすぐ近くにある農業機械用の馬鹿デカい格納庫だ。
電動で入り口のシャッターが持ち上がると、からみつくようなガソリンの臭いが鼻をつく。
格納庫内には数十台の農業機械が整列していた。具体的な種類は分からないが、どれもこれも機能美と重厚さを組み合わせた戦車のような存在感で、体の小さなジャックは気圧された。
そんな鉄の塊の間を進みながら、アリシアは両手を大きく広げて自慢げに話し出す。
「これがウチのかわいこちゃん達よ! ……って何か凄い顔してるけど大丈夫?」
意気揚々と話し始めようとしたアリシアは出鼻をくじかれ、戸惑いを隠さない顔でジャックの方を見つめる。
理由は簡単だ。ジャックが目も口を見開き、それでいて気の抜けた変な顔をしているのだから。誰であっても驚くだろう。
もちろんジャックは全くふざけてなどいない。強い臭いを嗅ぐとこうなるのは猫の生理現象、フレーメン反応というやつだ。
「大丈夫だ。気にせず続けてくれ」
「う、うん。えーと奥の方にあるのが多分壊されちゃった農機ね」
たしかに明らかな人為的な破壊の跡が見られる農業機械が並んでいる。燃料タンクに穴が空けられていたり、タイヤやキャタピラが破損しているのはまだ良い方で、耕運機の刃が捻じ曲がっているのには並々ならぬ悪意を感じた。
「これ全部脅迫で壊された物か?」
「ただの故障とかも何台か混じってるけど、ほとんどは壊されたやつよ」
修理費用だけでもかなりの額になりそうな被害だ。よく耐えてきたものだと感心するが、そのせいで父親が銃撃されるという事態にまでもつれ込んでしまったと考えると、どこかやるせない。
「そういえばここの農業機械はやたら数が多いな。他に従業員はいないんだろ?」
格納庫を見渡すと、同じ種類の農機がカーリー家の人数よりも多く並んでいたりといくつかの疑問点が見つかった。
「従業員はいないわ。そもそも私たちが操縦するわけじゃないし」
「どういうことだ?」
「見れば分かるわ」
意味深な笑みで手招きするアリシアに連れられ、今度は家の二階へ向かった。
移動の手間を考えればこちらを先に案内すべきだったのでは、という言葉をジャックは飲み込みつつ彼女の後ろに続く。
いくつかの扉を素通りして廊下を歩き、一番奥の扉の前で立ち止まった。いたって普通の木製のドアだが、この家では唯一外側からも鍵をかけられる扉らしい。
「ちょっと待ってて、今開けるから」
そう言ってアリシアがジャケットの内ポケットから取り出したのは鍵ではなくピッキングツール。ある意味では予想を裏切らない展開だ。
ものの五秒で鍵を破りドアを開けた。構造が単純なのも起因するだろうが、熟練の「職人」に匹敵する業だ。
感嘆と呆れの両方を含んだため息が出た。
「まったく……親が泣くぞ」
「だからこうして頑張ってるんでしょ」
部屋を一言で言い表すのならば、書斎とデイトレーダーのデスクを組み合わせたような空間だった。
壁面に立つシックな本棚には農業や情報工学、経済学といった生真面目な類の書籍が並び、中央のデスクは最新式のコンピューターと六つのモニターに囲まれている。奇妙なアンバランスが印象に残った。
「この部屋は一体? ただの書斎ではないんだろうが」
「アッタリ! 平たく言うとコントロールルーム。うちは完全無人農業を目指してるの!」
「ほう、それはなかなか面白そうだ」
「でしょ? 最高にクールよね。働かなくて済むんだもん」
働かずに済むというのがクールかどうかはさておき、こういうハイテクがある所には人も絡む。人が絡めばトラブルも生じる。
事件解決の手がかりになるかもしれない、とジャックは頭の中にメモを残しておいた。
その後、リビングに戻りアリシアから、父親が撃たれた時の状況やその他の脅迫内容など細々とした説明を受けた。
ジャックはそれらを逐一紙面や脳内に書き込んでいき、最後に口を開く。
「これで君の知っていることは全てだな?」
「そ、洗いざらい全部話し終えたつもり」
ジャックにどっと疲労感が襲い掛かる。そのままぐったりとソファに横になった。
後出しの情報に踊らされる恐れはなくなったが、絶対的に情報が足りない。
アリシア自身が直接交渉に関わらない子供であるため仕方のないところはあるが、建設会社の背後にいる個人ないしは組織の表向きの姿すら不明。調べれば分かることとはいえ、それなりの手間だ。彼女とジャックを繋いだ謎のチラシについては見当もつかない。
とんでもない仕事を引き受けてしまったものだ。しかも前金無し、で。
酒の入った時に依頼を受けるのはやめにしようか、などと思い浮かべながら、鞭打って体を引き起こした。
「よし! 今から建設会社の方へ向かうぞ」
「最初から本命に突撃ね。面白そう! でも、ちょっといきなり過ぎない?」
「下手に嗅ぎまわってから行ったんじゃ相手も警戒するからな。逆に俺達が何も掴んでいないことを上手くアピールできれば向こうも油断するし、安全確保にも繋がる」
「なるほど、アッタマいい!」
アリシアが満面の笑みでジャックの頭を撫でようとしてきたので、その手を振り払う。
「気安く触れるな」
「いいじゃん、ちょっとくらい」
口を尖らせるアリシアにジャックはうんざりしながら、ぼうっと宙を見つめた。
暗中模索で子守りをしながら事態を解決に導くことなどできるのだろうか。今までも危険な依頼は何度かこなしてきたが難しさの方向性が違う。
いきなり件の建設会社に乗り込む理由だってそうだ。あれこれと御託を並べてみたが、要するに現状そこしか行くアテが無いというのに他ならない。
「何も掴んでいないこと」をアピールするのだって実際は何かを掴んだ上で演技として行うのだから意味がある。正直に無知を喧伝するなど愚行でしかない。
思わず大きなため息が出た。
酒でも飲まないとやってられない気分だ。
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