File.05
「で、なんで私が運転してるわけ?」
出発からおよそ一時間、運転席のアリシアが二度目の抗議をした。
移動にはジャックの中古セダンを使用しているが、運転しているのは彼女だった。
「何度も言うが、君が前金を出してくれないからな。その分こき使わせてもらう」
ジャックは助手席であくびをしながら言い放つ。本来なら報酬の二割から三割を前金として受け取っておくのだが、今回は例外だ。例外には例外処置で応じる。
「それは分かるけどさぁ、普通、子どもにドライバーやらせる?」
「依頼人を年齢性別で区別するつもりはないんでな。金を払うか払わないか、重要なのはそこだけだ」
「ケチ!」
「どの口が言うんだ」
そうこう言い合っているうちに車窓には穀倉地帯が広がっていた。出発地点が街外れなのだから、人家が見えなくなるのもあっという間だ。
アリシア曰くまだ二時間以上かかるらしいので、ジャックは車内でもできる仕事を進めることにした。
バックパックからスマートフォンを取り出し、知り合いの電話番号を探す。その様子を興味深そうに見ていたアリシアが尋ねてきた。
「誰に電話するの?」
「マフィアとかギャングの事情に詳しい友猫にだ。少し調べものを依頼するのさ」
「何か物騒な感じだけど、私の件と何か関係が?」
「それを確かめるんだ」
見つけた番号に電話をかけると四コール目で相手が応答した。
『君が電話してくるなんて珍しいですね、ジャック』
言葉に棘は無いのになぜか嫌味ったらしく聞こえる男の声だ。正確には通話の相手はジャックと同じオス猫であるが。
「お互い旨い酒が飲める仲でもないからな、ブラッド。そんなことより、少し仕事を頼まれてくれないか?」
いきなり本題を切り出したジャックに対し、ブラッドの口調は明らかに不機嫌になる。
『急に連絡してきたと思ったら、突然頼み事ですか……。会話というのは相手のことを慮って進めるものですよ。要するに私にも都合というものがありましてね』
「嫌ならいい、他を当たる」
『待ってくださいよ、受けないとは言ってないじゃないですか。まったく……相変わらずせっかちですね』
「お前が回りくどいんだ」
ジャックはいら立ちを抑えながら返す。ブラッドのことは嫌いじゃないが性格はあまり合わない。仕事以外で関わるとストレスが多大に生じるタイプだ。
『とりあえず内容を聞かせてください。私の都合とすり合わせられるか吟味して決めます』
「……ここ最近で民間人に対する恐喝や襲撃を請け負ったマフィアやギャング、犯罪集団なら何でもいいから洗っておいてくれないか? 具体的な地域や時期については後でデータを送る」
『個人ではなくグループというわけですか。分かりました、仕事の合間に調べておきましょう』
「恩に着る。じゃあ終わり次第リストにして送ってくれ」
向こうが何かを言う前に通話を切った。とりあえずこれで一つのステップが完了したわけだ。丁度そのタイミングで、アリシアが首を傾けながら訊いてくる。
「私達を脅迫してるのがギャングやマフィアってこと?」
「ああ、君の話に登場してる役者は建設会社と君の家族だけだが、おそらく建設会社のバックに誰かがいるし、手先となって実際に動いてるやつらもいるはずだ。で、実行犯になってるのは何らかの犯罪集団だ。それなりの報酬が貰えるなら下っ端が逮捕されようとお釣りが来るからな」
アリシアの父親を撃った犯人は既に逮捕されているらしいが、それでも事件が終わっていないとなるとその可能性が高い。
「俺ならその逮捕した下っ端から元を辿るんだが、生憎その権限がない」
だからブラッドなんかに頼みごとをする必要があるのだ、とジャックは苦々しく笑った。
その後、揺れる車内でブラッドにメールを送り終えたジャックは、ふと脳裏に浮かんだ疑問に頭を捻る。
「そういえば君はどうやって俺のことを知ったんだ?」
違法ラインの上を片足で跳んでいるような稼業だ。堂々と広告など打ってはいない。ほとんどの客が人づてか偶然によって訪れてきていた。本来ならこんな遠くに住むごく普通の少女が辿り着くはずはない。
「どうやってって……郵便受けにチラシが入ってたんだけど」
「チラシ?」
「ええ、ズボンのポケットに入ってるから代わりにとって頂戴」
相手が「人間」の子どもだとはいえ女性の脚に無作法に触るのは抵抗があったが、当人の許可がある。遠慮せずに手を伸ばした。
だがジャックは猫だ。腕も指も短い。その上アリシアのジーンズが割とタイトなのでポケットに隙間はほとんど無かった。
「くっ……取れない」
「ちょっと爪立てないでよ! チクチクする!」
「仕方ないだろ、猫なんだから。我慢しろ」
力を込めれば爪も出るというものだ。
苦労の末、取り出したチラシは非常に簡素なものだった。「身近なトラブル何でも解決いたします」という売り文句の他にグレイ・ホースの住所と肉球のマークが記されている。
「これは……」
センスや努力の欠片も窺えないそのチラシに、残念ながらジャックは見覚えがあった。
「堂々と広告など打ってはいない」というのは現在の話で、解決屋を始めた当初はこのチラシを至る所に貼り付けたりばら撒いたりしていた。おかげで離婚調停やら数週間の子守りやら色々とやる羽目にはなったものの、そこそこ名が売れたのだ。
とはいえ、今では作成も配布もしていないものがなぜアリシアのもとに届いたのか。
「もう一度聞くが、本当にこれが君の家に?」
「そう言ってるじゃん」
アリシアは自分の太ももをさすりながらさらりと答える。
揺らがない事実であることを確認してしまったジャックは眉間にしわを寄せて頭を抱えた。
もう少し早くこのことについて尋ねるべきだった。
一〇〇キロ以上離れた家に住むアリシアが数年以上前のチラシによってジャックのもとへ辿り着いている。どう考えても誰かしらの意思が介入しなければ起こらない現象だろう。
意思の方向性によっては完全なる罠だ。そして、その罠の中に大した備えも無く、現在進行形で足を踏み入れてしまっている。
「そのチラシがどうかしたの?」
明らかに挙動不審になったジャックが気になったようで、アリシアが声をかけてくる。
「……いや、何でもない。君が俺の所へ来たことにちょっとした運命的なものを感じたのさ」
返事に迷ったジャックは、自分でも意図していない血迷った返しをしてしまった。
「うーん、私のことを助けてくれるのには感謝してるけど、今のはちょっと気持ち悪いかな……」
アリシアは引きつった笑みを浮かべている。誤魔化しのための即興台詞ではあるがこう否定されると若干傷つく。ジャックは何とも言えない心持ちで、ふんと鼻を鳴らした。
今回の件が罠だろうと彼女に責任は無い。確認を怠ったのも、依頼を受けたのも全て自分自身がやったことだ。
自分のミスは自分でケリをつける。まだ見ぬ敵からの挑戦状とも取れるチラシをくしゃくしゃに丸めながら、ジャックはそう固く誓った。
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