File.03

 少女は訝し気に振り返った。


「あなたには関係ないわ」

「……俺がその解決屋でもか?」

「子どもだからってからかわないで」


 そう言いながら再度詰め寄ってきたが、無言で肩をすくめるグレンを見ると、その顔に戸惑いの色が浮かび始めた。


「ええと……まさか、本当なの?」


 少女はすとんとジャックの隣に腰を下ろす。


「ごめん……なさい。ちょっと誤解してたみたいで……」

「いや、問題ない、よくあることだ。で、何か相談があって来たんだろう?」


 彼女は小さく頷いた。ジャックが続きを促すと、少し迷う様子を見せながらも話し始める。


「どこから話せばいいのか分からないけど……シンプルに言うわ。私と私の家族は誰かから脅迫を受けてるの。下手をすれば殺されるかもしれない」

「そいつは物騒な話だ」

「嘘じゃないの、お願い、信じて!」


 彼女は声を荒げ、ぐいと顔を寄せてくる。ジャックは体を傾けてそれを避けながら少女をなだめた。


「疑っちゃいないさ。基本的に依頼人のことは信用してる」


 自分のような胡散臭い白猫のもとへ、藁にも縋るような思いで辿り着く人間が嘘をつくとは考えにくい。


「とりあえず今後どうするかは話を聞いてから決める。お嬢さん、名前は?」


 ジャックがそう言うと、少女は体を引いて元の姿勢で座り直し、こちらを真っ直ぐ見つめて名乗った。


「アリシア、アリシア・カーリーよ」

「よろしくな、アリシア。俺はジャックだ」


 ジャックは右手を差し出す。握手のつもりだが結果的にはアリシアがジャックの手を一方的に包むだけだ。これは猫と人間の身体構造の差異から発生する問題なのだから仕方がない。


「で、脅迫される原因とか犯人に心当たりは?」


 自己紹介を終えて、まずはジャックが質問した。こういう場合はプロのジャックが話の筋道を立てた方がスムーズに進む。

 そんなジャックの配慮もあってか、アリシアの話は比較的分かりやすいものだった。


「最初に原因についてだけど、おそらくは土地の売買についてだと思う。私の家はちょっとした農業をやってて。まあ伝統なんてものは全然無くて一〇年くらい前に父さんがビジネス的に始めたことなんだけど……それはどうでもよくて。去年ぐらいから、近くの建設会社が工事のために土地を売ってくれ、って頼みに来だしたの」

「それを君の家が断っていたら、嫌がらせが始まったというわけか?」


 アリシアは小さく頷き、グレンが差し出した水を一口飲んだ。

 ジャックは腕を組んで考えを巡らした。

 彼女の話を聞く限り、土地取引上の追い出しや妥協狙いの脅迫だと推測できるが、まだ情報が足りない。


「で、脅迫の具体的な内容を教えて貰えるか?」


 手口を聞けば犯人の本気度が分かる。そうなれば解決法についての展望も得られるはずだ。


「最初の方はほとんどいたずらとか、嫌がらせレベルだった。作物が少し盗まれたり、落書きされたり。それがエスカレートして設備の破壊になったと思ったら……」


 そこでアリシアは言い淀んだ。


「それから何があった?」


 ジャックが改めて質問すると、彼女は捻り出すように答えた。


「……先週父さんが撃たれたの。命に別状はないけど、まだ入院してる」


 話すにつれてアリシアの口調はどんどん重たく沈んでいった。家族が殺されかけたのだ。無理はない。

 事態が重大なのは明白だった。次は殺人か誘拐が起きかねない。だが正直な話、ジャックの仕事の範疇とはズレている。


「もう警察には行ってるんだろうが、それじゃ解決はできなさそうなのか?」

「多分無理ね。設備破壊の犯人も、父を撃った人間も逮捕されたけど、脅迫は終わってないもの」


 逮捕されているのは大した事情も知らない雇われの実行犯なのだろう。捕まえても裏に繋がる糸口は無いし、チンピラや浮浪者のような「それっぽい」犯人だったりするとそこで事件が「解決」してしまう。

 よくある悪質かつ効果的な手口で被害を受けている彼女には同情を禁じ得ないが、仕事に関してはシビアでなければ。


「君には悪いが、大人しく土地を売るのが一番手っ取り早い解決法だろうな。金や物で通る話ならそれが一番いい」


 突き放すような言い方になってしまったな、とジャックは少し後悔した。それでも真っ当な手段で解決するのが彼女とその家族のためになるはずだ。

 激しく言い返されるのも覚悟していたが、彼女の反応は思いの外落ち着いていた。俯いて、皮肉っぽい笑みを微かに浮かべながらぽつりと言う。


「私も母さんもあんな畑はどうだっていいのよ。でも、父さんの夢だったから……私はそれを守りたい」


 アリシアの瞳には涙が浮かんでいるように見えた。

 ジャックは低く唸りながら考え込む。


 我ながら少女の涙に弱いというのはベタで情けない話だと思わざるを得ないが、依頼を突っぱねるのを躊躇したのは何も感傷だけからではない。

 たしかに、ここで断るのは簡単だ。しかしそうなるとアリシアは単独でマズいことに首を突っ込みかねない。彼女がそういうタイプの人間であるのは容易に想像できる。

 それに、解決屋ジャックの名も泣くだろう。


 一応の決心はついた。


「分かった、とりあえず依頼は受けよう。ただし俺のやり方に従ってもらうのが絶対条件だ」


 ジャックがぶっきらぼうにそう言うと、アリシアはぱっと顔を上げた。


「本当に? ありがとう!」


 飛び上がらんばかりに喜んでいる彼女の様子を見ると、こちらも何か良いことをしたような気になってくる。

 まあでも、素直で良い娘じゃないか。

 ジャックは椅子の上で立ち上がると大きく伸びをした。依頼を受けるのだから、早く休んで仕事に備えなければ。


「早速、明日から行動開始だ。アリシアは今晩どうするんだ? 家に帰るのか?」


 彼女の話からして家は近くないだろう。ここら辺に該当する農家があった記憶はない。


「それは難しいかな。どうしよう……」


 先ほどの喜び様から一転、頭を抱えるアリシアにグレンが救いの手を差し伸べる。


「裏のアパートに空き部屋がある。そこを使いなさい」


 そう言って部屋の鍵を彼女に手渡した。


「ありがとう! 乗ってきた車が警察に持ってかれちゃって困ってたの!」


 満面の笑みでそう話す彼女だが、いくつかの語句がジャックの耳に引っかかる。


「車……? アリシア、歳は?」

「十五よ」


 州によっては免許が持てる年齢だ。


「免許は?」

「持ってない」


 私有地で乗って慣れているから、その調子で来てしまったのかもしれない。この国じゃ車を運転して免許の試験を受けに行くのが当たり前だ。


「車は誰の?」

「道で拾った」


 飄々と答えるアリシアとは対照的に、苦々しく顔を歪めるジャック。

 当の彼女はそんなジャックを無視して、貰った鍵を指でくるくる回しながら店を飛び出ていった。


「じゃあ、明日からよろしくね!」


 残されたジャックとグレンは顔を見合わせ、互いに何とも言えない表情なのを確認する。


「おい、グレン。ワイルドターキーの八年をもう一杯」


 こうなってしまうと、思わず酒に手が伸びるというものだ。

 どうやらアリシアに対する認識は改めなければならないらしいが、もう依頼は受けてしまった。


 ルールその一『契約は必ず守る』。

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