第23話 ロックバードとポテトのサンドイッチ

「おべんとう? なんだそれ」

「あれ、お弁当ってこっちにはないのかな。外で食べるご飯なんだけど」

「なんだ携帯食のことか。それならあるぞ。まあ大抵は干し肉や日持ちのするパンだけどな。そうか、出がけに作ってたのはこれか」

「うん。いつもパンがたくさん余るから、材料を分けてもらったんだ」

「そういやちょっと戻ったところに休憩所があったな。そこまで行くか」

「うん。カーバンクル、もう少し我慢してね」

「キュ」


 休憩所とは、街道を利用する人が安全に過ごせるようになっている広場のことだ。

 魔物が嫌がる植物が自生していたり、かつてここで過ごした人が設置した結界石の欠片が残っていたりと、野営や休憩に適した場所を指す。

 一番近い休憩所まで移動した私達は、木立の影にある大きな岩をベンチ代わりに腰を下ろした。


「はい、これはアイザックの分ね。それからこっちはカーバンクルの分」


 お弁当の中身は、朝食のパンに具材を挟んだだけの簡単サンド。あとは青リンゴに似た果物のカリンだ。

 一つはロックバードのステーキにトマトとバジルに似た香草を挟んだ、なんちゃってバジルチキンサンド。そしてもう一つは付け合わせのじゃがいもを再利用した、ジャーマンポテト風サンドだ。

 訝しげにパンを見ていたアイザックは、サンドイッチを一口囓るなり驚いたように目を瞠った。


「なんだこれ、すっげー旨いぞ!」

「ほんと? 今アイザックが食べてるのは、ロックバードのステーキと一緒にトマトと香草を挟んであるんだ。カーバンクルはどう? 美味しい?」

「キュキュキュ!」

 

 用心深く匂いをかいでいたカーバンクルも、気に入ったのかガツガツと食べている。

 二人の様子に安心した私は、自分も大きな口を開けてサンドイッチにかぶりついた。

 ……うん! トマトの酸味と香草がロックバードに合ってて、我ながら自画自賛したくなる味だ!

 

「こっちはなんだ? 芋か?」

「うん。付け合わせのじゃがいもが余ってたから、ベーコンと玉ネギと一緒に炒めてジャーマンポテトにしたんだ。それを荒くつぶして挟んでみたの」

「へー、なんたらポテトっつうのがよくわからねえが、芋もこうして食うと旨いんだな」


 すごい勢いで食べるアイザックを横目で見ながら、私もポテトサンドを一口頬張る。途端にスモークされたベーコンの香りがふわりと鼻に抜けた。

 この世界のベーコンって肉厚だしちゃんと燻製されてるから、すごく美味しいんだよね。日本のスーパーやコンビニで売ってるペラペラのベーコンとは大違いだ。仕上げに混ぜた黒胡椒もピリッときいてて、いいアクセントになってる。

……うーん、これでマヨネーズや粒マスタードがあれば、もっと完璧なサンドイッチになるのになあ。

 そんなことを考えていた私は、そういえばと日本にいた時のことを思い出した。

 まだ実家に住んでた頃、カロリーを気にした母が自作マヨネーズを作っていた。

 材料は確か油と卵黄と、あとはお酢だった気がする。

 あれ? 材料さえそろえばここでも作れそう? ハンドミキサーがないから大変だろうけど、気長に混ぜたら…… 


「なあセリ、お代わりはないのか?」


 自分の分を食べ尽くしたアイザックが、なんともいえない表情で空になった自分の包みを見ている。そのしょんぼりした様子に、私は思わず吹き出した。


「あはは、もう食べ終わったの? 私のでよかったら食べていいよ」

「いや、セリの飯を取り上げるわけにはいかねえだろう」

「ううん、私はもうお腹いっぱいだから大丈夫。でも気になるなら半分こにする?」

「いいのか?」


 アイザックには肉とポテトを三個ずつ、自分用には二個ずつ、カーバンクルにはロックバードのを一個用意したんだけど、どうやらアイザックには少なくて、カーバンクルにはぴったり。逆に私には多かったみたいだ。

 私の提案に目を輝かせたアイザックは、いそいそと腰のナイフを取り出してサンドイッチを半分に切った。


「よし、これでいいな。ついでにカリンの皮も剥いとくか。ちょっと待ってろ」


 半分にカットしたサンドイッチをあっという間に食べ終えたアイザックは、今度は器用に果物の皮をナイフで剥き始めた。

 アイザックの手の中で、カリンの皮は細く長く途切ることなく繋がっていく。最期まで剥き終わったところで、下で待ち構えていたカーバンクルが皮をパクリと食べた。


「ふふ、カーバンクルって果物も食べるんだね。可愛い。それにしてもアイザックって器用だね」

「うん? まあこれは俺の得物だからな。剣も使えるが、一番得意なのがナイフだなんだ」

「へー、そうなんだ。そういえば今日は違うナイフを投げてたよね。一体何本くらいナイフを持ってるの?」

「そうだなあ、モルデンに持ってきてんのは十本くらいじゃねえか?」

「十本? そんなに?」

「用途によって使うナイフが違うんだ。ダガーなんてしょっちゅうなくすから本数が必要だしな。これでも少ねえほうだぞ」


 普段アイザックが腰に差しているのは、真っ黒な二本のナイフ。

 磨き込まれた柄と皮のケースは、ナイフのことはよく知らない私から見ても丁寧に手入れをされているのがわかる。


「そういや、セリはどんなナイフを使ってんだ?」

「私? 私は植物採取用のナイフを使ってるよ」

「植物採集用っつうと、刃渡りが十センチくらいで、両刃になってるやつか?」

「うん。一番初めに冒険者登録した時にギルドでもらったんだ」

「……まさかとは思うが、それしかナイフを持ってねえとか言うんじゃねえだろうな」

「そうだけど? この間マンマダンゴ蟲に襲われた時も、それで退治したんだ。あ、でも、普段は持ち歩かないけど、料理の時に使ってる包丁代わりのナイフは別にあるよ。……あれ? どうかした?」


 突然両手で頭を抱えたアイザックに、私は首を傾げた。


「……確かにいいとこのお嬢様なんて、普通はナイフなんて使わねえよなあ……。お前、今までよく無事だったな」

「え? 無事ってなんのことよ」

「よし、決まりだ。明日はカトレアの店に服を取りに行くついでに、セリの装具も見に行こう」

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