第24話 アイザック視点 王都からの客人

「これ、お願いします」


 どこか緊張した面持ちでセリがカウンターに置いたのは、野鼠の尾が入った収納袋だ。

 ギルド職員が確認するのを緊張した面持ちで見つめるセリの肩には、すっかりそこが定位置になったカーバンクルが鎮座する。

 俺とセリは昨日の野鼠駆除の報酬を受け取りに、冒険者ギルドを訪れていた。




 昨日、俺はセリの実力を見てみようと、野鼠駆除の依頼に同行していた。

 野鼠はすばしこいだけで攻撃性は低い。子供が小遣い稼ぎにやるような依頼だ。

 Eランクのセリでも余裕でこなせるだろうと思っていたが、ある意味セリは俺の予想を遙かに下回り、そしてある意味では俺の想像を遙かに超えていた。


 端的に言うとセリはトロい。初めての依頼で慣れてねえせいもあるだろうが、鼠の動きにまったく対応できていない。お前、音がしてから茂みを探しているようじゃ、完全に遅いからな? まったく、そこらのガキよりトロいなんて有り得ねえだろう。

 その一方で、セリは教えたことを吸収するのが早い。分析力が高いのか、一度教えればそれに自分の解釈を加え予測を立てていく。


「ねえアイザック、これなら野鼠の巣を探して駆除したほうがいいんじゃない? 広い平原の中からこんな小さい野鼠を探すより、巣穴を燻して、出てきたところを退治したほうが効率はいいと思う」

「へえ、そんな方法よく知ってんな。だが野鼠の巣を探すのは、ここらの地形を熟知してないと難しい。考えてみろ。この広い草原の至る所に巣穴があるんだ。一つの巣穴を燻してる間に別の巣穴から逃げられたら、意味がないだろう?」

「なるほど、確かにそうだね。あーあ、どこかで運動神経が売ってればいいのに」


 ブツブツと文句を言いながら、それでも真面目に野鼠を探すセリの姿は子供のようで微笑ましい。だが、今お前が言ったのは野鼠の習性を熟知した奴が考えることだからな? 普通のお嬢さんは、獣駆除で煙を使うなんて知らねえからな?

 それに、魔法を初めて見るってどういうことだ? 子供の頃に誰でも受ける適性検査を受けてねえって、お前は僻地の出身か?

 だが、目をキラッキラさせて魔法について質問してくるセリの様子は、初めて魔法を見た子供そのものだ。色々問いただしたいのを我慢して説明してやりゃあ、セリは自分の鞄から手帳を取り出した。


「おい、なにしてんだ?」

「あ、ごめん、ちょっと待って。魔法のこと忘れないうちにメモしておこうと思って」

「メモ? なあ、ちょっと見せてくれよ」


 渡されたセリの手帳には、今まで受けた依頼の内容が詳細に記されていた。

 精緻な薬草の絵の横に書かれたのは、その外見の特徴と効能。簡単な地図が添えてあるのは、恐らく採集場所だ。なぜか野菜や果物の絵まで詳細に描いてあるのが、いかにもセリらしい。だが……


「……セリ、ここに書いてあるのは一体何語だ? 見たこともねえ文字だが」

「ああ、これは私の国の文字なんだ。ニホン語っていうんだけど、アイザックは見たことない?」

「ニホン語? いや待て、お前、大陸共通言語は普通に話してるし、読み書きもできるよな? もしかして他の国の言葉も喋れんのか?」

「ええと……試したことはないけど、多分、話せると思うよ?」


 いや待て。大したことじゃねえように話すが、それってすげえことだからな? こんな田舎町で複数言語を使いこなせる奴なんざ、そうそう見つからねえぞ?

 ……まったく、お前は何者なんだろうな。

 もう何度目になるかわからねえ疑問も、最近じゃあそれがセリだと気にしなくなった自分がいる。

 なにをやらかそうとセリはセリだ。俺がいくら注意してようと、こちらの想像を超えたことを平気でやらかすしな。

 そういやあ、セリが料理ができたのも驚きだったな。特にあのロックバードの肉を挟んだやつは最高に旨かった。あんなのが毎日食えるんなら……


「おい、おいアイザック、なーにニヤニヤしてやがる。ちょっとこっちに来い」


 そんなことを思い出していた俺は、突然聞こえた色気のねえ声に顔をあげた。

 振り返ると、上の執務室から下りてきたのか、階段の途中からいつになく渋い顔をしたエンゾが手招きしていた。

 

「なんだジジイか。何の用だ? 今日は忙しいんだ。茶飲み話に付き合ってる暇はねえぞ」

「ケッ、茶飲み話なんて呑気な話じゃねえ。……お前さんに客だ」

「はあ? 客? 俺に客なんぞ……」

「アイザック、お待たせ! ……あれ、エンゾさん? ええとご無沙汰してます」


 その時精算が終わったのか、買取カウンターからセリが戻ってきた。

 エンゾに気がつくと慌てたように笑顔を消し真面目な顔で頭を下げたセリは、戸惑ったように俺を見上げた。


「おう坊主。お前……ええと、確かセリだったか? 悪ぃがこいつに大事な用事があるんだわ。ちょっと借りていくからな」

「おいエンゾ、勝手に話を進めんな」


 普段は飄々としたエンゾの有無を言わさねえ気迫に、流石の俺でもこの話を断って帰るのは無理だとわかる。

 俺はエンゾに目配せをして黙らせると、セリの肩を抱いてギルトの入り口に移動した。


「……悪いなセリ。ちょっと野暮用ができちまった。悪いがどっかで時間を潰しててくれるか? それとも宿に戻ってるか?」

「ううん、大丈夫だよ。私も買い物したいものがあるから、市場をぶらぶらしてる」

「市場で買い物? ……一人で大丈夫なのか?」

「大丈夫に決まってるじゃん! アイザックは私を一体何歳だと思ってるの?」

「何歳って、成人したてなんだろ?」

「そう。れっきとした大人なの。だから心配しなくていいから!」

「わかったわかった。まあカーバンクルもいるし大丈夫だろう」

「キュ」


 買い物が終わったらデュークの店で待っていることを約束させる。そしてセリと別れた俺は、渋々エンゾと応接室へと向かった。


「……ったく、客なんて聞いてねえぞ」

「王都から来たって言やぁわかるか? お前が向こうさんを呼びつけたんだ。もう逃げられねえぞ」

「はあ? 本当に来やがったのか。……チッ」


 とんでもねえ厄介事の予感に、気がつくと俺はぐっと眉根を寄せていた。



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