第25話 アイザック視点 極秘依頼
エンゾに続いた入った応接室で俺を待ち受けていたのは、線の細い壮年の男だった。
宮廷魔道士の証である紫のローブを纏い、白髪交じりの髪を後ろに撫で付けたその男は、ソファから立ち上がると穏やかな笑みを浮かべてこちらを見つめた。
「やあ、君が噂のアイザック君かな? 初めまして、私はニックだ」
「ニック? ……まさかとは思うが宮廷魔道士長のニックじゃねえだろうな?」
「おや、私をご存知だったかな? それは光栄だ」
「いやいや、ご高名な宮廷魔道士長を知らねえ人間なんていねえだろう。だがそんな有名人がこんな田舎町になんの用だ」
「わざわざモルデンに足を運ばせたのは君のほうだろう? この国で知らない者はいないと言われる有名なA級冒険者、アイザック・モルド君」
宮廷魔道士長ニック。
並ぶ者のいない膨大な魔力量を誇り、稀代の魔法使いと名高い男。一切の経歴は謎に包まれて、一部では国王の虎の子とも懐刀とも呼ばれている。
穏やかな人格者だと聞いていたが、この表情を見る限りどうやら一筋縄ではいかねえ相手のようだ。
まるで抜き身の剣を前にしたような緊張感の中、俺はニックの顔を見ながらソファに腰を下ろした。
「そんで? 依頼内容を聞こうか」
「まず初めに伝えておこう。私は君の提示した条件を呑んで王都からモルデンに出向いた。つまり、君にこの依頼を断る資格はない。わかっているね?」
「……ああ、わかってるよ」
依頼主がまさかこんな大物とは思わなかった。断るための策が裏目に出るとはこのことか。俺は思わず頭をガシガシと掻く。そんな俺を見てニックの口の端が僅かに上がったのがわかった。
「よろしい。君が物わかりのいい人物で助かったよ。では早速だが本題に移ろう。──君に頼みたい依頼は人捜しだ」
「はあ? 人捜し?」
「その女性は一年以内にここモルデンに滞在していたと思われる。そして現在もモルデン及び周辺地域に滞在している可能性が高い。年齢は定かではないが、恐らく二十歳はこえているだろう。外見の特徴は黒目黒髪、そして小柄だと思われる。期限内に彼女を安全に保護することが君への依頼だ」
「おい、ちょっと待て」
俺は思わず話を遮った。
「定かではないとか恐らくとか思われるとか、なんだよそれ。人を探せっつうなら、もっと確実な情報はねえのか」
「それがわからないからこそ、Aランク冒険者である君に依頼しているのだ。私とて今までなにもせず手をこまねいていたわけではない。これでもできる限りの手を尽くして探しているつもりだが、現状として万策が尽きて困っている状態なのでね」
ニックはいかにも困ったように頭を振った。
宮廷魔道士長であるこの男が手を尽くしたと言ってるんだ。恐らく俺なんかが想像もつかない方法──魔術を使用して探していたに違いない。それで見つからねえもんだから、最後は人の手が頼りってわけか。
だがよ、こいつがそんだけ探して見つけられねえ女って一体何者だ?
「なあ、ニックさんよ、その女は一体何物だ? 凄腕の魔術師か? それとも他国の間諜かなんかか?」
「いや、そうではない。恐らくごく普通の女性だ。ただ、申し訳ないが現時点でこれ以上君に提示できる情報がないのだ」
「……まったく、雲を掴むような話だな。具体的には俺になにをしろってんだ」
「君にはモルデン周辺の街を回りその女性を探すのと同時に、各地のギルドにこの依頼書を貼って欲しい」
「はあ? 依頼書なんぞ普通はギルドが貼るもんだろうが」
だが手渡された依頼書を見て、俺は眉を顰めた。
「……おい、なんだよこれは」
「そこに
「つまりあれか? 各地のギルドにいちいち足を運んで、経過を報告しろって言ってんのか? ……あんた、冒険者ギルドを、いやAランク冒険者である俺を疑ってんのか」
目を細めじっと睨むと、ニックは無言のまま食えない笑みを深める。つまり、無言の肯定ってわけだ。
「君の力量を疑っているわけではないが、こちらも君がきちんと依頼を遂行するか確証を得たいのだ。それに申し訳ないが他にいい策が思い浮かばないのでね。手間はかかるがこんな方法をとらせてもらうことにした」
「……ま、どっちにしろ俺に断る権利はねえんだ。言われた通りにするしかねえな。期限はどうする」
「彼女が見つかるまで、と言いたいところだが、優秀な人材をいつまでも束縛しているわけにはいかないな。一年でどうだろう」
「いやいや有り得ねえ。そいつはちっと長すぎる」
ここで今までずっと黙っていたエンゾが初めて口を開いた。
「こいつはこう見えて腕利きの冒険者でね。それを個人的な依頼で一年も独占されるのは、ギルドとしても困るんだ」
「ふむ、これでもかなり譲歩しているつもりなんだがね。こう考えてはどうだろう。彼女が見つかれば依頼は終了だ。長くなるか短くなるかはアイザック君の力量次第ではないかな?」
「エンゾ、大丈夫だ。要はすぐに終わらせりゃあいいだけの話だ。俺としても長引かせるつもりはねえよ」
「いやあ、だがよう……」
「そんで見つけたらどうすりゃあいいんだ。とっ捕まえて王都へ連れてきゃあいいのか? それともお姫様並みの待遇で、王都へお連れすんのか?」
「彼女はとても大切な女性なんだ。くれぐれも粗相のないよう、丁重に迎えて欲しい。……ああそうだ。とても大切なことを伝え忘れていた。その女性の名前は『マナ』だ」
一般人の女性を丁重にお連れしろとか恐れ入るぜ。つい舌打ちしそうになるのを我慢して、俺は深く頷いた。
「了解だ。いつから始めりゃあいんだ?」
「今日からでもお願いしたいところだが、君にも支度があるだろう。……一週間後からではどうだろう」
「まあ、そうしてもらえるんなら助かるがな」
「では決まりだ」
ニックはそう言って立ち上がり、俺に向かって手を出した。
「この依頼は私にとって極めて重要度が高い。どんな些細な情報でも、わかり次第連絡して欲しい。──アイザック・モルド、いい報告を期待している」
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