第22話 野鼠駆除

「……よし、こんなもんで足りるかな」

「セリ、なにしてんだ。早く行くぞ」

「わ、ちょっと待ってよアイザック! じゃあターシャ、行ってきます!」

「はいはい、気をつけて行っておいで」

「うん。カーバンクル、行こう!」

「キュ!」


 少し早めに食堂の手伝いを上がらせて貰った私は、アイザックの声に急かされるように店を出た。

 向かうのは、モルデンから少し離れた場所にある草原。今日は、これから野鼠駆除に行くのだ。

 野鼠は増えすぎると畑の作物に被害が出るだけでなく、鼠を餌とする魔物を呼び寄せる。だから定期的に間引く必要があり、冒険者ギルドには『野鼠駆除』という常設依頼がある。

 ちなみに野鼠自体はすばしこいだけで、動きも単調だし攻撃性も低い。だから、本来は子供が小遣い稼ぎで受けるお手軽な依頼だったりする。だからこそ、昨日サリーナは私でもできると太鼓判を押してくれたのだ。

 

 街道を一時間ほど歩いて到着した草原は、なだらかな起伏の丘がどこまでも続く。見上げた空には羊みたいな白い雲がぽかりと浮かび、うららかな日差しに包まれたお天気はまさに絶好のピクニック日和……もとい、駆除日和だ。

 すっかり私の肩が定位置になったカーバンクルも、気持ちよさそうに目を細めている。


 昨日アイザックがギルドで調べたところ、主はおろかカーバンクルの目撃情報すらまったくなかったそうだ。つまり、誰もこの子のことを知らなかったのだ。

 もともとカーバンクルは聖獣なので気位が高く、滅多に人に懐くこともない。そのカーバンクルがこんなに懐いてるんだから……と、主がわかるまで私が面倒をみることになったのだ。


「ふふ、カーバンクル、いいお天気で気持ちいいねえ」

「おいおい、どこ見てんだ。お前の足下にいるぞ」

「キュ!」

「ええ!? うそ!」


 アイザックとカーバンクルの声に、私は慌てて足下の草むらに目を凝らした。でもそんな私をあざ笑うかのように、野鼠は全然違う場所からぴょこんと顔を出す。


「ぐぬぬぬぬ、こいつめ!」

「セリ、そんなへっぴり腰じゃあ疲れるだけだぞ」

「うう、でもこいつ、すばしっこいから……あ、ごめん! そっちに逃げた!」

「ああ、見えてる」


 追いかけた私から逃げて草むらから勢いよく飛び出した野鼠に向かって、アイザックがナイフを投げる。

 禄に狙いもせず適当に投げたように見えたナイフは、鋭い銀色の軌跡を描き、吸い込まれるように小さな身体に命中した。


「アイザック、すごい!」

「いちいち感心してねえで、次の獲物を探せ」

「わ! はいっ!」


 野鼠駆除のコツは、二人一組で行うこと。ただそれだけ。

 野鼠は習性で一直線に逃げるから、一人が追いかけて、もう一人が待つ場所に誘導すればいい。だから簡単だよって聞いてたけど……実際にやってみると、これがなかなか難しい。だって、この広い草原から野鼠を探すのって大変なんだ!

 あちこち駆けずり回って目標としてた三十匹を駆除し終わった時は、はっきり言って私はヘトヘトになっていた。


「ようやく目標達成だあ……」

「まあ、こんなもんでいいだろう」


 地面に膝をついて肩で息をする私の横で、アイザックは平然と野鼠の死骸からナイフを抜いている。そして疲れ果てた私の姿を見て、呆れたように溜息を吐いた。


「……それにしても、ある程度予想はしてたが、セリは討伐系の依頼は向いてねえようだな」

「うう……まあね、それは自分でもわかってるよ。だから効率が悪くても、薬草採集を受けるようにしてたんだもん」


 自慢じゃないけど、この世界の人より運動神経がない自覚はある。だから、いくら薬草より割がよくても、駆除系の依頼は受けたことがなかった。

 まるで慰めてるみたいに私の頬に顔をすり寄せるカーバンクルの頭を撫でながら、私は溜息を吐いた。


「確かにそのほうが無難だな。ところでセリ、野鼠の討伐証明はどこかわかるか?」

「討伐証明? 尻尾でしょう?」

「ああ。じゃあこいつらの尾を切ったら、お前の収納袋に入れておけ」

「え? でも鼠をやつけたのはアイザックなのに」

「お前なあ、考えてみろ。俺はAランクだぞ? Aランクの冒険者が、どの面下げて鼠の尾をギルドに持って行けるっつうんだ」

「でも、それって……」

「四の五の言ってると、尻尾ごと全部燃やして始末しちまうぞ。ほら、早くしろ。俺は腹が減ったんだ」

「う、うん」


 私が尻尾を切り落として収納袋にしまうと、アイザックはこともなげに火をつけて残骸を始末した。


「すごい! ねえアイザック、今のって魔法? どうやって火をつけたの?」

「どうやったって……セリは魔法は使えねえのか?」

「私? 使えるわけないじゃん。もし魔法が使えたら、もっとランクが上になってるはずだよ」


 異世界トリップでお約束の魔法。ここに来たばかりの頃、魔法の存在を知ってこっそり練習したのは、今となっては封印したい恥ずかしい思い出だよ。


「魔法の適性検査は受けたか?」

「適性検査って?」


 首を捻る私に、呆れたような顔をしながらもアイザックは丁寧に教えてくれた。

 魔法には属性というものがある。主な属性は土・水・火・風の四つ。その他にも光や闇、氷は雷といった属性も存在するが、それは特定の種族や職業に現れる固有の属性なんだそうだ。


「ちなみにそいつは聖属性だぞ」

「え? カーバンクルも魔法が使えるの? ていうか、聖属性ってなに?」

「聖属性は回復や治癒だな。まあ滅多に使わねえだろうがな。従魔が魔法を使うのは主の命令か、自身に余程の危険が迫った時だけだ」

「そっかー。お前、すごい子なんだねえ」

「キュ!」

「それしても、セリは魔法のことはなにも知らねえんだな」

「うーん……そもそも私の住んでたところは、魔法が使える人なんていなかったから」


 使える人どころか、魔法なんて空想の産物だったし、そもそも異世界が本当に存在するなんて思ってなかった。

 ふっと視線を移せば、見渡す限り一面の草原。遙か彼方には険しい峰をいだく高い山々を臨む。

 見たことのない景色。見たことのない山の形……


「キュウーン……」


 カーバンクルの声に我に返った私は、あることを思い出してアイザックを見上げた。


「そうだ! ねえアイザック、お弁当を用意してきたんだけど、よかったら食べない?」



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