第21話 サリーナの機転

「セリ!」


 二人の後ろ姿をぼんやり見送っていた私は、突然名前を呼ばれて辺りを見回した。

 声の主はサリーナだった。買取カウンターから手を振っているのが見える。


「サリーナ、久しぶり。どうしたの?」

「どうしたのじゃないわよ! しばらく顔を見せないから心配してたんだから。ねえ、それより今の二人になにを言われたの? 大丈夫?」

「え? あー、今の二人ね。冒険者のことを色々教えてくれただけだよ。大丈夫。そんなに悪い子達じゃなかったから」


 きっとあの子達の方が、つい最近知り合ったばかりの私より、アイザックをよく知ってる。

 一緒にいた時間もずっと長いはずだし、なによりあの二人はアイザックと対等な立場にいる冒険者だ。

 言い方はキツかったけど、話の内容はなにも間違ってない。

 ──つまり、客観的に判断して、私がアイザックに寄生してるように見えるのは間違いないんだ。


 悔しさが込み上げて、ぐっと手を握りしめる。そんな私を見て、肩の上のカーバンクルが不思議そうに首を傾げた。


「……ねえ、サリーナ。一番簡単な討伐や駆除の依頼ってなんだろう。EからDにランクアップするにはどうすればいい? Aランクの冒険者とパーティを組むには、私になにが必要?」

「ちょっと待ってちょうだい。ランクアップはいいんだけど、どうしてそこでAランクの冒険者が出てくるの? Aランクの冒険者って、もしかしてアイザックのことじゃないでしょうね?」

「おいサリーナ、ずいぶんな言いようじゃねえか」


 その時、にゅっと伸びてきた太い腕が私とサリーナの間に割って入った。思わずよろけて後ろによりかかると、それを見たサリーナは鋭い視線で私の背後を睨みつけた。


「……アイザック、セリの様子を見てと頼んだのは私だけど、これは一体どういうこと?」

「どういうこともなにも、言われた通りにセリの面倒をみてるだけだ。疚しいことはまだなにもしてねえぞ」

「ちょっと! まだってどういうことよ! あんた、こんな若い女の子相手になにをするつもり? 今すぐ表に……」

「ちょ、ちょっと待って!」


 なぜか突然不穏な空気を醸し始めた二人を、私は慌てて止めた。これ、つい最近も同じような光景を見たよね!?


「サリーナ、アイザックは私が怪我をして倒れたところを助けてくれたんだ。だからなにも悪くないから」

「怪我? 怪我ってもしかして……あの時のマンマダンゴ蟲? マンマダンゴ蟲は麻痺毒と媚薬効果のある毒を持ってるのよ? 大変じゃない!」

「うん。だからしばらく寝込んでて……あれ? ねえサリーナ、いま私のこと女の子って言った?」


 さっきサリーナは、アイザックに『若い女の子を相手に』って確かに言った。じゃあ、もしかして私が女だって気が付いてたの? 一体いつから?

 思わずまじまじと顔を見つめてしまった私に、サリーナは深い皺を刻んでいた眉間をふっと緩めた。


「ふふ、そのことね。あなたが女の子だってことは、初めて会った時からちゃんとわかってたわよ」

「ええっ!? なんで?」


 サリーナによると、あの時私をギルドに連れきてくれたエンゾというおじいちゃんは、なんとこの冒険者ギルドのマスターなんだそうだ。

 そして、わざわざギルマスが登録に連れてきた人間だということで、私はかなり注目を集めていたらしい。


「あの時のセリは、いかにも遠くから来たばかりのお嬢さんに見えたわ。それであなたを見た男達がずいぶんざわついてたのよ。気が付いてた?」

「ざわついてたって、だって、エンゾさんに坊主とか言われたのに?」

「ったく、元凶はあのジジイのせいか」


 ブンブンと大きく首を横に振る私の横で、アイザックが盛大に溜息を吐いた。


「エンゾはすごく頼りになるんだけど、その……ちょっと大雑把なところがあって。素であなたのことを男の子だと思ってたみたいだから、逆にそれを利用させてもらったの。ギルドカードに登録する情報は、犯罪歴や功績以外は本人の任意なの。だから、セリが自衛できるようになったら教えてあげようと思ってたのよ」

「そうだったんだ。全然気が付いてなかったよ……」


 今になって初めて知る事実に、私は目を丸くした。

 初めてギルドに登録する人間をカモにしようと虎視眈々と狙う奴は、どこにでもいる。しかも、私はあきらかにまだ若い女の子。

 それを心配したサリーナは機転を利かせ、私が男としてやっていけるよう一計を講じてくれたのだという。


「正直に言うとね、私も最初はセリのことを疑ってたの。いいところのお嬢さんが、物見遊山や生半可な気持ちで冒険者になろうとしてるんじゃないかって。だから、変な真似をしたらすぐに諦めさせてやろうって。そう思ってたのよ?」

「ええ!? そうなの?」


 茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせるサリーナに、私は思わずポカンと口を開けた。


「でも、セリはいつも一生懸命だったから。あの様子を見たら、つい応援したくなっちゃうのよね」

「……もう、サリーナ、大好き!」

「あらあら」


 胸がいっぱいになった私は、思わずサリーナにぎゅっと抱きついた。でも次の瞬間、呆れたようなアイザックに後ろから引き剥がされてしまった。


「遊んでねえで、用事が済んだなら行くぞ。っておい、セリ、手に持ってるのはなんだ?」

「あ、そういえば……」


 私はぎゅっと握りしめたままだった紙を開いた。

 それは、カーバンクルが剥がしてしまった野鼠駆除の依頼票だった。 


「……サリーナ、野鼠駆除って私でもできると思う?」



 

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