第20話 ご主人様を探して
「おいセリ、こいつはなんだ?」
「なんだって言われても……カーバンクル?」
不遜な態度で腕を組み、なぜかカーバンクルを睨むアイザック。
対するカーバンクルも全身の毛を逆立てて、まるで威嚇するような前傾姿勢でアイザックを睨む。
「なんでこんなところにカーバンクルがいるんだ」
「それがさ、うちの中庭にいたのをセリが見つけてきたんだよ」
「はあ? 中庭にいたってありえねえだろ。野良じゃねえよな。はぐれか?」
「ずいぶん人懐こいから、誰かの召喚獣じゃないかって話してたところさ。アイザック、あんた最近モルデンで召喚士の噂を聞かなかったかい?」
「俺も先週までダンジョンに潜ってからなあ……。まあ、ギルドで聞けばなにかわかるんじゃねえか?」
アイザックは猫のようにカーバンクルの首を掴んで持ち上げた。
「獣魔や召喚獣のタグは見当たらねえか。名前がわかんねえんじゃ面倒だな。性別は……なんだこいつは雄か」
「ギュ! ギュ!」
「ちょっと! そんなにしたら可哀想だよ! ほら、おいで」
必死に手足を動かして逃げようともがくカーバンクルを奪うと、私はぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫? もう、こんなに小さな子に乱暴するなんて最低だよ!」
「はあ? セリ、お前勘違いしてるようだか、こいつはこう見えて……」
「ふん、知らない! カーバンクル、お前のご主人様を探しに行こう!」
「キュキュッ!」
カーバンクルの情報が得られるかもと、私とアイザックは冒険者ギルドに来ていた。
「いいかセリ、いくらお前に懐いていても、こいつには別に主がいるんだ。わかってるな?」
「大丈夫、ちゃんとわかってるって」
「じゃあ俺はギルマスと話してくる聞いてくるからよ、ここで待っててくれ。変な野郎に声かけられても、ついていくんじゃねえぞ」
「うん! カーバンクルは私が守るから安心して!」
「……ったく、本当にわかってんのか?」
張り切る私に、なぜかアイザックは呆れたように頭を振った。そして二階に上がっていく背中を見送ったあと、私は真っ先に依頼ボードへと向かった。
たった数日顔を出さなかっただけなのに、ボードに張られた依頼票はすっかり様変わりしてる。
「なになに、トウダイグサの採集? すごく割がいいじゃん! ……と思ったら毒草かあ。他にいいのは……ん? どうしたの?」
私の肩から手を伸ばして、カーバンクルがテシテシと依頼票を叩いてる。不思議に思って見ると、それは野鼠駆除の依頼票だった。
「え? これが気になるの? でも私、駆除は苦手なんだよね」
「キュ?」
「いや、そんな可愛い顔されても無理なのものは……」
そんなことをカーバンクルと話していると、不意に後ろから声がかかった。
「ねえ、ちょっといい?」
「はい?」
そこにいたのは、初めて見る二人の女の子だった。
革の胸当てを付け冒険者の装備を纏った二人は、年齢は少し上か、もしかしたら同い年かもしれない。華やか……というか、ちょっと目立つ整った容姿をしてる。
彼女達は不躾ともとれる視線で、私をジロジロ眺め回した。
「……アンタ、最近アイザックと一緒にいる子でしょ?」
「この間『太った兎亭』にもいたよね? 同じ子だよね?」
「はあ……」
「見たところ冒険者みたいだけど、新人? 男みたいななりしてるけど、どこの田舎から出てきたの?」
「ねえねえ、ランクは?」
「……Eですけど」
矢継ぎ早に聞かれて戸惑いながらそう告げると、二人はあからさまな嘲笑を浮かべた。
「ふーん、Eねえ。Eランクの分際でAランクの冒険者に取り入るだなんて、アンタずいぶん図々しいんだね」
「ほら、アイザックって昔から面倒見がいいじゃん。だから頼られて断りきれなかったとか、そういう感じじゃない?」
「あの、さっきからなんの用ですか?」
思わず眉間に皺を寄せた私に、背が高いほうの女の子はわざとらしく溜息を吐いた。
「アンタさ、アイザックとギルドにいるってことは、一緒に依頼を受けるつもりなんだろ? 悪いこと言わないから、高ランクの冒険者に寄生すんのはやめときな」
「は? 寄生?」
「えー、そんなことも知らないの? 高ランクの冒険者にすり寄って甘い汁を吸おうとする、あなたみたいな奴のことだよ?」
余りの言いように言葉を失った私をどう思ったのか、二人は得意げに自分達のことを喋り始めた。
Bランクの冒険者だというこの二人は、ガストンさん率いるパーティ『野生の爪』のメンバーらしい。そして、先日アイザックと一緒に、ダンジョンに潜った仲でもあるそうだ。
「ダンジョンから出たら、アイザックは王都の拠点に戻るって聞いてたんだ。だからうちらのパーティも一緒に王都に行こうって、そう話してたのにさ」
「王都の拠点……?」
「やだあ、それも知らないの? アイザックは元々王都のギルドが拠点で、このモルデンにはダンジョンの達成報告で寄っただけなんだよ?」
「そうさ。それなのに、いきなりモルデンに滞在することになってるし、せっかくの指名依頼も、アンタのせいで断ったそうじゃないか」
二人の話に、私は『太った兎亭』でガストンさんに声をかけられた時のことを思い出した。
そういえばあの時、後ろに彼女達がいたような気がする。
あの時、アイザックは王都に一緒に行こうって誘ってくれた。だけど、拠点が王都だなんて、そんなこと一言も聞いてない。
……生活感の感じられない、アイザックの部屋。食堂で誰かが話してた『Aランクの冒険者は拠点が王都』って噂……
今までなんとなく気になってたことが、彼女の言葉ですとんと腑に落ちた。まるで、ジグソーパズルの最後のピースが嵌まったみたい。
「……いいこと教えてやるよ。アイザックには、長年想ってる相手がいるんだ。その人がこのモルデンにいるってのは、冒険者の間じゃ有名な話さ」
「そうそう! 一緒に組んでた冒険者だったらしいけど、彼女が怪我で引退して以来、アイザックは誰ともパーティを組まなくなったんだって。それにね、アイザックはつい最近その人に、なんと『イシスの涙』を贈ったんだって! それってすごくロマンチックだよね!」
「イシスの涙?」
「あれー、知らないの? ものすごく貴重な薬で、家が一軒買えるくらい高価なの。それを何日か前にアイザックが手に入れたって、噂になってるよ? きっとその人に贈ったんだろうって!」
「……へー、そうなんだ」
「フン、とにかく、アイザックにはちゃんと本命がいるんだ。勘違いして迷惑かけないように気を付けな」
「……」
言うだけ言って満足したのか、二人は背を向けると人混みの中に消えていった。
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