第17話 アイザック視点 深まる謎
「アイザックよ、頼むからこの依頼受けてくんねえか?」
「あー? なんか言ったか?」
その日の朝、俺はガスに強引に食堂から連れ出され冒険者ギルドへやってきていた。
再三にわたるギルドからの呼び出しは、俺宛てにきた指名依頼が原因だ。
通常の指名依頼と違い、Aランク冒険者の指名には厳しい条件が設けられている。
一つ、身元の確かな推薦者。
一つ、冒険者ギルドのマスターの承認。
一つ、高額な依頼料と報酬。
国や貴族等の権力からの不干渉と不介入、かつ政治や営利目的での冒険者の利用を防ぐ目的だとかご大層な理由がついてるが、ようは高ランク冒険者の囲い込み防止が目的だろう。
今回の依頼は人捜し。依頼人は宮廷魔道士だという。
宮廷魔道士といやあ、国が管理する上級の魔道士達の集団だ。そんなお偉いさんが一介の冒険者くんだりに頼む依頼がどんなもんか、正直言って興味はある。
だがよ、詳細は直接会って伝えるから王都へ来いだ、それまでは依頼人の名前すら明かさねえだの、上から目線の偉そうな態度が気に喰わねえ。
「とにかく昨日も言った通り、この依頼は断る。だいたいよ、依頼人の名前も推薦者も俺に明かせねえとはどういうこった」
「あーほら、そりゃあれだ。守秘義務ってやつじゃ」
「ケッ、話にならねえな」
「おいおい、こんな老い先短いじじいの頼みが聞けねえってのか? これで俺がポックリ逝ってみろ、お前さん絶対に後悔するぞ?」
そう言ってわざとらしく鼻を鳴らすエンゾを、俺はジロリと睨みつけた。
モルデン冒険者ギルドの名物マスター、エンゾ。冒険者を引退してかなり経ついい歳をしたじじいだが、これでも現役当時はちょっとした有名人だった。
冷静な判断力と面倒見のいい懐の深さ、なにより小柄な姿で大剣を豪快にぶん回す姿は、当時駆け出しの冒険者達には憧れの的だったんだが……。
ったく、こんなに喰えねえ狸じじいになりやがって。俺はエンゾを横目で見ながら小さく舌打ちした。
「なに言ってやがる、このクソじじい。テメエが押し付ける無理難題で、俺のほうが早死にしそうだぜ」
「むう……」
「それによ、俺はあんたの命令でついこの間まで一ヶ月も迷宮に潜ってたんだ。ちょっとは労おうって気にはなんねえのか?」
「なーに言っとるか。その迷宮の報告をほっぽり出して、モルデンに戻るなり女の部屋に雲隠れしとったのはどこのどいつじゃ。お前さんが突然消えるもんじゃから、探すのにガストンまで駆り出してるんだぞ? 十分労ってやってるだろうが」
「チッ……、宿にあんな目立つ奴を寄越しやがって。いい迷惑だ」
「カカカッ、やっこさん、さすが獣人だけあって鼻がきくからな。お前さんの隠れ家も上手く見つけてくれたわい」
ガストンはメンバー全員が獣人のパーティー「野生の爪」のリーダーだ。
熊獣人だけあって、パワフルかつタフな戦闘スキルを持ち、危険を察知する能力も高い。もう間もなくAランクに上がるだろうと目される注目の冒険者だ。
「おかげでガスの奴、依頼に一枚噛ませろってうるさくてしょうがねえ。ったくダンジョンで四六時中顔を合わせてたんだ。こっちはしばらくあいつの顔なんぞ見たくもねえのに」
「ふむ、獲物を嗅ぎつける嗅覚は一級品じゃからな。きっといい儲け話だと思ってんだろうよ。……だがよ、実際王都へ行って話を聞くだけでも報酬が出るんだ。悪い話じゃねえと思うぞ。今の拠点は王都なんじゃろう?」
「……余計なお世話だ」
「本音を言えば、このままお前さんがモルデンに腰を落ち着けてくれりゃあ、儂にとっては願ったりだがな。アイザックよ、いい加減誰かと組むか、拠点を一つ所に決める気にはならんのか」
「今はその話はしてねえだろう。とにかくよ、何度言われても俺の答えは同じだ。この話は断る。どうしてもっつうんなら、そっちがモルデンに来いとでも言ってやれ」
「ううむ……」
「そもそもなんでエンゾがこの依頼に乗り気なんだ? ギルマスは本来中立の立場を貫くもんじゃねえのかよ」
「いやあ……実はこの依頼人の推薦者がちっと昔の知り合いでな」
一転眉間に皺を寄せ真剣な表情になったエンゾに、つられて声が低くなる。
「……そんなに厄介な奴なのか?」
「……いい女なんだ」
そのまま立ち上がって部屋をあとにした俺は悪くねえはずだ。
……そんなことを思い出していた俺は、隣ではしゃぐセリの声で我に返った。
ギルドを出たあと、俺は宿からセリを連れ出し市場へと来ていた。
「なんだ、ずいぶんご機嫌だな」
「うん、だって誰かと一緒に市場に来るなんて初めてだもん。そりゃあ楽しいに決まってるよ。あと、この間のククルの屋台にも行きたい!」
「よほどあれが気に入ったんだな。じゃあ帰りにでも寄っていくか」
「やったあ!」
セリは俺の提案に無邪気に顔を綻ばす。だがそんな様子に疑問が湧く。
ククルもそうだが、こんな市場なんぞちょっと大きな街ならどこでもある。たいして珍しくもねえだろうに、セリの反応はまるで初めて市場に来た人間のそれだ。
じゃあよほどのお嬢様で、市井の生活に不慣れなのかと思いきや、そういう風でもねえ。見違えるほど綺麗になった自分の部屋を見た時は、驚いたもんだ。
そして俺の違和感を更に助長する出来事があった。
セリを連れてやってきたデュークの防具屋でのことだ。かつての相棒「デューク」の名を冠したこの店は、奴の連れ合いカトレアが開いた店で普通の服も取り扱う。
目を輝かせてセリが自分の服を見ている間に、俺はカトレアにセリの防具を注文することにした。
「まったく、人の話を聞けっつーんだ」
「うふふ、ごめんなさいね。だってこんな可愛い子にあんたみたいなおっさん、もったいないじゃない?」
「ああ? 俺がおっさんならお前はバ……痛ぇっ!」
「ああら、今なにか言ったかしら」
「あー……痛え。馬鹿力は相変わらずかよ。まあいい。あいつのマントを注文したいんだ。さっきも話して通り俺がナイフで切っちまったからな。似合うやつを見繕って防御力を上げてやってくれ」
「あらあら、ずいぶん面倒見がいいのね? あんな若い女の子に入れ上げるなんて、アイザックが珍しいじゃない?」
意味ありげな笑みを浮かべるカトレアに、俺は舌打ちする。
こいつは俺の若い頃を知ってやがる。女に貢ぐなんざ自分でも柄じゃねえのはわかってる。しかもセリはどう見ても俺より軽く十歳は歳下だろうし、俺に脈があるのかもわからねえしな。
だが次の瞬間カトレアの口から告げられたのは、思いもよらねえ言葉だった。
「でもあの子、セリちゃんだっけ。かなりの魔力を持ってそうじゃない? アイザックが気するのも無理はないわね」
「はあ? ちょっと待てカトレア。それはどういう意味だ?」
「あら、気がついてなかったの? あの子、かなりの魔力が漏れてるわよ。制御ができてないんじゃないかしら」
「はあ?」
セリが魔力持ちだと? そんなこと聞いてねえぞ。まさか本人も知らねえのか?
「でも、あの身体つきからして戦闘能力はなさそうよね。アイザックの言うとおり、マントに防御力を付与しておいたほうがいいわね。なるべく軽い素材がいいだろうからホーンラビットにするか、値が張ってもいいなら綺麗な色のリザードの皮があるけど」
「……リザードで頼む」
「ふふ、了解よ」
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