第14話 食堂のヘルプ依頼
アイザック達がいなくなったあとから、食堂はどんどんお客さんが増えてきた。
もしかして、これからが一番お客さんが多くなる時間帯なのかな?
一人でテーブルを占領してるのが申し訳なくって、私は慌ててお皿を手に立ち上がった。
「あの、ごちそうさま。今日のスープもすっごく美味しかった」
「おや、わざわざ下げてくれたのかい? 助かるよ」
「ううん、これくらいお安いご用だよ。それにしても、今日はすごく忙しそうだね」
厨房の前にある長いカウンターも、ホールに並ぶテーブルも全部満席なのに、給仕をしてるのはおばちゃんたった一人。こうして話してる最中も、ひっきりなしに声がかかる。
「それがねえ、普段は娘と給仕をしてるんだけど、今日は孫が熱を出してね。急だったもんだから、ギルドに手伝いの依頼を出す暇もなかったんだよ」
「おーい! こっちは肉、急ぎで頼む!」
「俺パンのお代わりだ! 早くしてくれ!」
「はいはい、ちょっと待っとくれ!」
背中越しに返事をしたおばちゃんは一旦厨房に引っ込むと、今度はあっという間に両手にお皿を二枚ずつ乗せて戻ってきた。
「まあ目が回るほど忙しいけど、今日一日の辛抱さね。なんとか乗り切るよ」
それを聞いた私は次の瞬間、勢いよく手を上げていた。
「おばちゃん! 猫の手やるよ! 僕を雇わない?」
「はあ? 猫の手? なんだいそれは」
「え? 猫の手も借りたいって言わないの………? いや、今はそれどころじゃないや。ねえ、僕こう見えて、ギルドで食堂の臨時雇いの依頼を何度も受けてるんだ。だから一通り仕事の流れはわかるよ!」
「あんたが手伝ってくれるっていうのかい? いやあ、でもねえ……」
「じゃあさ、ギルドを通さない分、通常の依頼料より二割引きってことで。……どう?」
「よし! その話、乗った!」
最初は怪訝そうに眉を顰めていたおばちゃんは、私の提案にキラリと目を光らせた。
そしてエプロンを借りた私は、早速ホールに出ることになった。
「パンのお代わり、お待たせー!」
「おい! こっちは肉とスープ一人前ずつだ!」
「はーい」
「坊主、今日の肉はなんだ?」
「今日の肉料理はビックボアのステーキ、スープはごろごろ肉団子だよ」
「なんだ、そのごろごろ肉団子ってのは」
「ええと、すごく大きいのに、口の中でほろほろって崩れる肉団子のスープ、かな?」
「ははっ、なんの肉かはわからないのかよ。だがそれを聞くとすっげえ旨そうだな。じゃあスープと肉を二人前ずつ頼む」
「はーい、まいど! おじさーん、肉とスープ、それぞれ二人前お願い!」
「おう!」
厨房で包丁を振るうのはおばちゃんの旦那さんと、娘さんの旦那さんだ。
男性二人がものすごいスピードで作っていく料理を、おばちゃんが盛り付け、私がホールに運ぶ。注文の合いに下げたお皿を洗ったり、厨房はまるで戦場のようだ。
「パンのお代わり持っていくね。あと、付け合わせはいらないから肉だけ追加できるかって、お客さんに聞かれたんだけど」
「おうよ、今から焼くからちょっと待っててもらえ」
「はーい。じゃあその間にお皿片付けてきまーす」
「おう、頼んだ」
この食堂がいかに人気があるか、働いているとよくわかる。てんてこ舞いの忙しさとは、まさにこのことだ。
冒険者は食べるのが早いから、テーブルの回転率も早い。料理やお代わりの注文はひっきりなしだし、持ち帰りの注文だってある。空いたお皿はすぐに下げて、テーブルを拭いている間にもう次のお客さんが座ってる。
休む間もなくホールと厨房を何度も往復していた私は、ふと扉の閉まるバタンという音に顔を上げた。
「あれ? もしかして今のが最後のお客さん……?」
気が付くとすでにお客さんの姿はなく、広いホールの中は静まりかえっている。キョロキョロと食堂の中を見回す私の肩に、ポンと手が置かれた。
「お疲れさま。よく頑張ったね。さ、こっちにおいで、私達はお昼にしよう」
……◊……
「じゃあ、改めて自己紹介させとくれ。あたしはターシャ。これは亭主のノートルで、こっちが娘の亭主のジョナサンだ」
「よろしくね」
「わ、じゃなくて僕はセリと言います。ええと、こちらこそよろしく……?」
全ての片付けが終わったあと、賄いを食べながら私達は改めて自己紹介をすることになった。
「あははは、お互い名前も知らずに働いてたなんて、おかしな話だよねえ」
豪快に笑う食堂のおばちゃん改めターシャは、かなり気さくで気っ風のいい女性のようだ。
その一方で旦那さんのノートルは無口で無愛想、しかも子供が泣き出しそうなほど強面のおじちゃん。
そんな二人に挟まれて座る痩せて背の高い青年ジョナサンは、今日はいないターシャとノートル夫婦の一人娘、ハンナさんの旦那さんだそうだ。
もともとはターシャとノートルはこの宿の経営をしていたらしい。
でも宿泊客、特に冒険者の酷い食生活を見かねて朝食の提供を始めたところ、料理が美味しいとたちまち評判になったんだそうだ。
今の食堂は宿泊客以外の人でも利用できるけど、食事ができるのは朝だけ。昼は休憩と仕込みの時間で、夜はお酒と軽いおつまみを出す酒場に切り替わる。
ちなみに女性陣は昼で食堂の仕事を切り上げて、夜は男性陣だけで食堂を仕切るんだって。
「いやあ、今日は本当に助かったよ。あんたがここまで即戦力になるとは正直思ってなかった。さあ、これは今日の報酬だ。受け取っておくれ」
「え? でもこれ……こんなにいいの?」
渡された袋に入っていたのは、私が提示した通常の依頼料の二割引きどころか、倍はあるだろう金額だ。驚いて顔を上げた私に、ターシャはニカッと歯を見せて笑った。
「もちろんさ。セリはよく頑張ったんだ。正当な報酬だよ。ねえ?」
「おう。遠慮なく受け取れ」
「そうだよ、君がいなかったら、今日は注文が回らなかったかもしれない。本当に助かったんだから」
「そ、そっか。じゃあ、ありがたくいただきます」
ノートルとジョナサンの後押しに安心した私は、お金の入った袋を大切にポケットにしまった。
「へへ、こんなにもらえるなんて思ってなかった。しばらくギルドに行けないから、すごく助かります」
「ギルドに行けないって? アイザックになにか言われてんのかい?」
「あれ? ターシャはアイザックのこと知ってるの?」
「ああ、もちろんさ。あの子はあたしら夫婦が冒険者だった頃の、可愛い教え子だからね」
「二人は冒険者だったの!? それにアイザックが教え子ってどういうこと!?」
「ははは、これでもちょっとばかし名が通ってたんだよ。ねえあんた」
「ああ」
言われてみれば、ターシャもノートルもかなり恵まれた体格の持ち主だ。特にノートルは、未だに現役でも通用しそうなほど見事な筋肉をしている。今でもこの腕の太さなら、若い頃はもっとすごい筋肉だったに違いない。有名だったというのも納得できる。
なんでもまだアイザックが駆け出しだった頃、何度か一緒に依頼を受けたらしい。
「若い頃のアイザックは無鉄砲でねえ。それが今やAランクの冒険者なんだから、信じられないよ」
「へー、そうなんだ。夫婦で冒険者かあ……。なんかかっこいいね」
「そうだよ。うちらはすごいのさ。だからセリちゃんも困ってることがあったら、なんでも相談しておくれ」
「え?」
突然の「ちゃん」付けに目を丸くする私に、ターシャはさもおかしそうに笑った。
「冒険者なんてみんな訳ありさね。言いたくないことは言わなくていい。あたしも無理に聞くつもりはないよ。でもあんたは娘と歳が近そうだし、ついお節介したくなってね」
「はあ……」
「まあ、アイザックはああ見えて信用できる男だ。なにかあったらあいつに相談するといい」
そう言って、ターシャは意味ありげに片目を瞑った。
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