第11話 朝食
夢の中で、うしろからなにかが私を抱き寄せる。
その温もりにつられて寝返りを打った途端、ギシリと柔らかいベッドに身体が沈んだ。
ふふふ、柔らかいベッドなんて久しぶり……それにこの毛布があったかくて気持ちいい……ずっとこのまま寝ていたい……
そこまで考えて、私はふと我に返った。
あれ? 毛布? そんなの私、持ってたっけ……?
「起きたのか?」
「…………!」
突然至近距離で聞こえた低い声に、意識が一気に覚醒した。
恐る恐る開いた目に飛び込んできたのは逞しい胸板で──!?
「ア、アイザック……?」
な、な、なんで隣にアイザックが寝てるの? 一体いつから!?
目を見開いたまま固まっている私の額を、アイザックの大きな掌が覆った。
「よく寝てたな。熱はないようだが、体調はどうだ? どっかおかしなところはねえか?」
「だ、大丈夫。あの、でも、アイザックはどうしてここに……?」
「昨日はあのまま飯も食わずに寝ちまったからな。心配だったから隣で様子を見てたんだ」
「そ、そうなんだ」
そうか、昨日は確かベッドでごろごろしてるうちにものすごく眠くなって……そのまま眠っちゃったのか。でも待って、隣にアイザックがきたことも気が付かないって、どれだけ深く寝てたんだろう。っていうか、私、男の人の同じベッドで寝るなんて、初めてなんだけど……!!
パニックになる私の横で、アイザックはさっとベッドから起き上がった。
「腹が減っただろう? 飯食いに行くぞ。支度しろ」
「へ? ご飯?」
「ああ。下の食堂に行こう」
……◊……
宿の一階にある食堂兼酒場は、早朝だというのにすでにどのテーブルも満席だった。
朝食は肉料理かスープ料理のどちらかを選ぶ仕組みで、どんな料理が出てくるかはその日の仕入れ次第なんだって。
ちなみに今日の肉料理はロックバードのステーキで、スープは同じくロックバードのシチュー。
私の予想に違わずステーキを頼んだアイザックの前に置かれたのは、皮がカリカリに焼かれた大きなステーキ。たっぷりかかった飴色のソースから、すごく香ばしい匂いが漂う。
そしてシチューを選んだ私は、一口食べて思わず声を上げた。
「美味しい!」
大きな肉がごろごろ入ったシチューは、最早これは肉料理だよね? ってくらいボリュームたっぷり。コクのあるスープが、すごく美味しい。
この白いスープはなんだろう。牛乳じゃないよね? 今まで見たことないし。
でもこの味、私の大好物のクリームシチューにそっくりだ。異世界でまたクリームシチューが食べられるなんて、最高だ。
「ずいぶんご機嫌だな」
「うん、だってこれ、私の好物に似てるの。すごく美味しい」
「へー、そうか。よかったな」
「おや、嬉しいこと言ってくれるねえ。ほら、パンのお代わりをお食べ」
「うわー、ありがとう!」
食堂のおばちゃんにお代わりのパンをもらってご機嫌な私とは反対に、なぜかアイザックは不機嫌そう。
それでも大きく切り分けた肉を次々と口に放り込み、合間に付け合わせのポテトとパンを綺麗に平らげていく。
「しかしよ、なんで俺と一緒なのに男のフリなんてしてんだ、お前」
「男のフリって……アイザック、一つ言っておくけど」
「お、おうなんだ」
突然手を止めてきちんと目を合わせた私に、なにかを察したのかアイザックは背筋を伸ばした。
「私ね、自分から男だなんて言ったこと一度もないから」
「は?」
「この街に来た途端いきなり坊主って呼ばれて、それでもう面倒くさいから訂正してないだけだから」
「……は?」
「服は男の子用のほうがサイズが合うからだし、さらしを巻いてるのはブラのお代わりだし、意識して男装してるつもりはないんだよね」
「お、おう。ブラとかなんのことかよくわかんねえが、そうか」
「男だって思われてたほうが都合がいいから、いちいち訂正しないけどさ。ちょっと言葉遣いを変えただけで男の子で通用する私の気持ち、わかる?」
「いや、その……なんか、すまんかった」
「ふん!」
「それはそうとよ、今日これからなんだが」
気まずそうに目を泳がせたアイザックは、唐突に話題を変えた。
「俺はギルドから呼び出されてるから、しばらく部屋を空ける。悪いがセリは留守番しててもらえるか」
「留守番は構わないけど……、もしかして指名依頼が入ったの?」
指名依頼とは、文字通り依頼主が冒険者を指定して発注する依頼だ。
商人や貴族の護衛や特殊な素材の採取は、依頼主が顔なじみの冒険者を指名することが多いと聞く。当然信用できる人格と実力の両方を兼ね揃えた人材が求められるから、指名を受けられる条件はCランク以上。つまり指名依頼を受けるのは、高ランクの冒険者の証でもある。
……ギルドから呼び出されるって、滅多にないよね? それにAランクのアイザックを指名するってことは、よほど大きな仕事なんじゃないのかな。
首を捻る私に、アイザックは不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「まあそうなんだがよ、俺はしばらく依頼を受けるつもりはないから断るつもりだ」
「そうなの? 指名依頼を断るなんて、できるの?」
「ああ。普通にできるぞ。セリとギルドで会ったあの日な、俺はちょうど別の指名依頼を終えて報告に寄ったところだったんだ。一ヶ月もダンジョンに潜ってたんだぞ? ちょっとくらい休んでも誰も文句は言わせねえよ」
「ダンジョンに潜るって……それって依頼が終わるまで、ずっとダンジョンの中で寝泊まりするの?」
「ああ。俺は基本はソロなんだが、さすがに今回はパーティを組んでいったんだ。それでも一ヶ月のテント暮らしは大変だったがな」
私が怪我をした森とは反対方向の山に、ダンジョン《地下迷宮》と呼ばれる不思議な洞窟がある。
地下に向かって伸びるその場所は階層ごとに異なる風景が広がり、珍しい
……そうか、初めて会った時にアイザックが怪しい不審者風だったのは、一ヶ月もダンジョンに潜ってたせいだったんだ。なるほどね。
「とにかく、セリは大人しく部屋にいるんだな。まずはその青っ白い顔をなんとかしろ。昨日みてえにフラフラ倒れんじゃねえぞ? お前はもっと自分の体調に気を遣え。ほら、肉を食え肉を」
ふと気がつくと、アイザックは私のお皿に自分のステーキをのせている。それを見た私は慌ててお皿を手で隠した。
「ちょっと、こんなに食べられないよ。もうお腹いっぱいだし」
「なんだ? わざわざ一番旨そうなところを切ってやったのに、俺の好意をないがしろにするつもりか?」
「はあ? なに言ってるの?」
「なんだ、それとも俺に食わせて欲しいのか」
「そんなこと言ってないし! ……じゃあ、せっかくだから一口だけもらう」
人のことをからかうような、でもどこか真剣な瞳から逃げるように、ステーキを頬張る。
初めて食べるロックバードのステーキは、肉の味が濃くてプリプリしてる。お腹がいっぱいのはずなのに、いくらでも食べられそうなのがちょっと悔しい。
「……美味しい」
「ククッ、よかったじゃねえか。ほら、もっと食え」
「アイザックって過保護だよね」
「はあ? 自分の体調管理も禄にできない奴がなに言ってやがる。生意気な口きくならガキみてえに膝の上で食べさせるぞ?」
「はあ? 膝の上とかありえないんだけど!」
怒る私の頭をくしゃりと撫で、アイザックは椅子から立ち上がった。
「とにかくギルドに行ってくるから、セリは食べ終わったら部屋に戻ってろ。いいな?」
「う、うん」
「よし、いい子だ」
まるで子供を褒めるみたいに目を細めて笑ったアイザックは、颯爽と食堂から出て行った。
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