第6話 そういうとこだぞ!

「や、やめろよ! なにすんだよ!」

「おいこら、暴れんな。危ねえだろ」


 じたばたと暴れる私を抱え直すと、アイザックさんはスタスタと歩き始めた。そしてあっという間にギルドを出て、往来を私の宿とは逆方向に向かって歩き始めた。


「ねえ、下ろせよ! 恥ずかしいから!」

「ついさっき倒れそうになってたの忘れたのか? いい子だからじっとしてろ。ところでセリ、お前なにが好きだ?」

「え? 好きって、急になんの話?」

「覚えてねえだろうが、お前は倒れてから丸三日寝込んでたんだ。腹が減ってるんじゃねえか?」


 そう言われた途端にクゥと小さくお腹が鳴る。恥ずかしくてお腹を押さえた私に気がついたのか、アイザックさんはニヤニヤと笑った。


「ポーションのおかげで身体の調子はいいみてえだが、体力は落ちてるはずだ。本当は病人食みてえのがいいんだろうが……とりあえず市場でなにか買ってくか」


 私を抱えながらあっという間に市場にやってきたアイザックさんは、食べ物の屋台が並ぶ一帯で立ち止まった。

 モルデンの中央にある大広場は、食料品はもちろん日用雑貨から武器までなんでも揃う、大きな市場になっている。

 広場の中央にある噴水から放射線状に白い布のテントを張る露天商が並び、それぞれ食料品、日用雑貨、服飾品、武器や魔法具と、場所ごとに同じ業種の店が集まっているのが特徴だ。


「串焼き肉にするか? ホーンラビットにロックボアなんかも旨いぞ。それともピタがいいか?」


 肉の串焼きと、甘辛いタレを絡めた肉と野菜を挟んだピタと呼ばれるパンは、ここモルデンの名物料理だ。屋台によってそれぞれタレの味が違ってて、アイザックさんお気に入りだと指をさす屋台は、人気があるのかちょっとした人だかりができている。


「あっちの屋台のピタは旨いんだが、かなり辛口だ。病み上がりセリにはこっちの店がいいだろう」

「そうなんだ。知らなかった」


 そんなアイザックさんの説明に、私はキョロキョロと辺りを見回した。

 子供みたいに抱っこされてるのは恥ずかしいけど、腕の中から見る市場はいつもより視線が高くて新鮮だ。

 大きな塊の肉が鎮座する屋台では、若いお兄さんが見事な腕前で肉を均一に薄くスライスしていく。

 タレの焦げる香ばしい香りが漂ってくるのは、串焼きの屋台だ。じゅうじゅうと油の滴り落ちる音が、なんとも食欲をそそる。


「どうした? なにか探してんのか?」

「ううん、こんな風に誰かと来るのって初めてだがら、面白いなって思って。ねえアイザックさん、あれはなんの屋台?」


 私は気になっていた屋台を指した。

 甘くていい匂いが漂ってくるその屋台は、恰幅のいいおじさんがなにかを大きな鍋に落としていく。しばらくして浮き上がってきたそれを網で掬ってお皿にあけると、おじさんは上から蜂蜜のようなものをかけた。


「なんだ、すっげえ目がキラキラしてんな。おい親父、そのククルをくれ。蜜をたっぷりかけてくれよ」

「へいまいど! 五十ギルだよ!」

「え? ちょ、ちょっとアイザックさん、いいよ!」

「いいから口を開けろ。これは熱いうちが旨いんだ」

「でも……ん!」


 突然口に入ってきたククルというお菓子は、揚げたパンみたいなお菓子だった。

 サクッとした軽い生地に、たっぷりかかった蜜がじゅわっと染みている。メイプルシロップみたいな風味のある蜜が美味しくて、いくらでも食べられそう。


「なにこれ、むちゃくちゃ美味しい!」

「ククッ、そりゃあよかったな。甘いもんが好きなら果物も買っておくか? おい姉ちゃん、そっちのマンダリナとカウンをくれ。あとはちゃんと腹に溜まるもんがいいな。親父、ピタを二つ焼いてくれ。一つは肉だけにして大盛りで頼む」

「あいよ! ちょっと待っててくれるかい」

「おう」

「ね、ねえ、アイザックさん」


 次々と注文をしていくアイザックさんに、不安になった私はぎゅっとアイザックさんの服を掴んだ。


「なんだどうした? もっと違うもんも買うか?」

「そうじゃなくて、その……僕、お金持ってないんだ」


 ギルドでお金をおろすつもりだった私の所持金は、はっきり言ってゼロに近い。それに、これからポーション代を返す相手に奢ってもらうのって、なんか違うと思う。

 そう伝えたら、アイザックさんは驚いたように目を瞠った。


「なんだ、そんなこと気にしてんのか? ガキがそんなことに気を遣う必要はねえぞ。それにこれは俺も食うもんだしな」

「でもさ」

「いいから気にすんな」


 そう言ってアイザックさんはくしゃりと私の頭を撫でた。


「おい、兄ちゃん待たせたな。ピタ二つ、一つは肉だけ、二百二十ギルだ。熱いから気をつけろよ」

「おう。ほら、こっちはセリのだ。火傷すんなよ」

「う、うん」


 私にピタを持たせたアイザックさんは、自分のピタに豪快にかぶりついた。


「うん、旨いな。ほらセリも食え。早くしねえとタレが落ちるぞ」

「あ、う、うん、ええと、その……ありがとう、ございます」


 こんな風に流されて奢ってもらうのって、正直どうなのよって思う。だけど、今私がお金を持ってないのはどうしようもない。

 開き直った私は、今にも零れそうな飴色のタレがかかったピタをがぶりと囓った。途端に香ばしく焼けた肉の味が、口いっぱいに広がった。


「……ん! 美味しい! アイザックさん、これすごく美味しいよ!」

「ははっ、そりゃあよかった。だがなセリ、さんはいらねえ。アイザックと呼べ。あと敬語もなしだ」

「で、でも、アイザックさんは恩人だし」

「俺はさん付けなんてされる柄じゃねえ。いいか、これは命令だ。なんでもするって言ってたのはセリだぞ?」

「うっ……」

「なんだ照れてんのか? じゃあもっと仕事を増やして……」

「ちょ、待って、呼ぶ! 呼ぶから! ア、アイザック!」

「よし」


 観念した私の頬を、突然アイザックの指がぐいと拭った。なんだと思って顔を上げると、アイザックはタレのついた自分の指をペロリと舐めたところだった。


「なんだ? 変な顔してどうした?」

「う……な、なんでもない!」


 くそう……そういうとこだぞ!



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