第5話 再会

「──おい、こんなところでなにしてんだ」


 真後ろから響いたのは、冷たく怒ったような低い声だ。

 ただならない気配にぎょっとして振り向くと、そこにいたのは見たことのない男の人だった。


 年齢は恐らく二十代の後半くらい? かなり背が高くて、筋肉の目立つ逞しい身体つきをしている。綺麗な金髪を後ろになでつけて、目鼻立ちの整った精悍な顔だちの、なんていうかその……ものすごいイケメンだ。

 でもこんなイケメン、知り合いにいたっけ?

 

「なあ、昨日の夜まで熱で唸ってた奴が、ギルドでなにしてんだ?」

「あ、あの……?」


 長い前髪の間から覗く瞳が、鋭く射るようにこちらを見つめている。

 理由はわからないけれど、この人が私に対してすごく腹をたててるのは確かなようだ。

 がしっと肩を摑まれたまま、気が付くと私は依頼ボードに背中を押し付けられていた。


「なあセリ。お前、自分がなにしてんのかわかってんのか? こんなにフラフラしててまたぶっ倒れたいのか?」

「あの、一体なんのことですか……?」

「はあ? 自分が今倒れそうになってたのわかってねえのか?」


 上から威圧するように睨む瞳は、なぜか見覚えのある蒼い色。そういえば、この乱暴な言葉遣いも最近どこかで聞いたような気がする。でも、どこだっけ……? 

 その時はっとある可能性に気が付いた私は、まじまじと相手の顔を見つめた。


「……もしかして、アイザックさん、ですか……?」

「はあ? お前、もしかして俺のことがわかんねえのか?」

「だってその髪……それに髭がないし、印象が違いすぎて」


 前にギルドで会ったときは、髪もぼうぼうで髭だらけ。それに汚れたマントを着てて、ぶっちゃけどこをどう見ても怪しい不審者だった。 

 それが髭を剃って髪を整えたらイケメンって、なんだか騙されたみたい!?


「あー、髭か。しばらく伸びっぱなしにしてたから剃ったんだが……変か?」

「変じゃないですけど、あの、ちょっと怖い、です」

「……悪ぃ」


 戸惑いながらも正直にそう告げると、アイザックさんは慌てて身体を離し、気まずそうに頭を掻いた。


「脅かすつもりはなかった。だがよ、病み上がりなのにどうしてギルドで依頼票なんて見てるんだ」

「病み上がり? 私が?」

「なんだお前、自分が熱出してたことも覚えてねえのか」


 聞けば、あの時アイザックさんに部屋まで送ってもらった私は自室の前で倒れ、それから三日もの間高熱で寝込んでたんだそうだ。

 昨日の夜になってようやく熱が引いたので、アイザックさんは一旦自分の宿に戻っていたらしい。


「ったくよ、宿に戻ってみりゃあベッドはもぬけの殻だし、どんだけ探したと思ってんだ」

「ご、ごめんなさい」


 ブツブツ文句を言いながらも、アイザックさんは真剣な表情で私の額を触った。


「どうやら熱は引いたみたいだな。どっか身体が痛むとか、具合の悪いところはねえか?」

「あ、う、うん。大丈夫、です」

「そうか。ポーションで怪我は治ったが、熱は高いしずっと起きねえからよ、ずいぶん心配したんだ。元気になってよかった」


 そう言ってアイザックさんが不意打ちみたいに見せたのは、本当に心配してたんだってわかる優しい笑顔。

 それを見た私は姿勢を直し、その場で頭を下げた。


「あの時は助けていただいて、本当にありがとうございました。アイザックさんがいなかったらどうなってたか」

「いや、気にすんな。ギルドで会った時は俺も喧嘩腰だったしな。怪我に気が付いてやれなくて悪かったよ」

「ううん、僕も喧嘩腰だったし、それはいいんです。それよりなにかお礼をさせてください。それにポーションも返さないと」


 あれだけの怪我が跡形もなく消えてるんだ。きっとアイザックさんが使ってくれたのは、中級、いや、もしかしたら上級ポーションかもしれない。

 どうしよう、上級ポーションなんて一体いくらするのか見当もつかない。以前ギルドで見た中級ポーションでも、一ヶ月分の宿代くらいの値段がついてたっけ。

 それに三日間も看病してくれたってことは、その間はアイザックさんは依頼を受けられなかったんだし……

 

「あれは俺の判断で勝手に使ったんだ。セリが気にする必要はねえ」

「でも、怪我をしたのは私のせいで、アイザックさんには関係ないから。あの、せめてポーション代だけでも払わせてください」


 必死で食い下がる私に、アイザックさんは困ったように苦笑いした。


「そんなに気にすんなら、ポーション代を払ってもらおうか。だが俺のポーションは高いぞ? 本当に払えんのあ?」

「はい。時間はかかるかもしれないけど、必ずお返しします」

「ほー、時間がかかるねえ」

「あ、あと、私のできることならなんでもしますから!」

「なんでも? それは本当だな……?」


 アイザックさんの瞳が、なぜかキラリと怪しく光った気がした。


「それじゃあ、今日から俺の部屋にきてもらおうか」

「……は?」

「俺の世話をしてくれる奴を探してたんだ。お前ならちょうどいい」

「せ、世話……?」


 思いもよらない言葉に、一瞬で頭が真っ白になった。

 部屋に来いって、どういう意味? まさか私が女だってバレてる? それに世話って、一体なんの世話……?


 よからぬ想像をして固まった私を見て、アイザックさんは意地悪そうに口の端を吊り上げた。


「ああ。部屋が汚れて困ってたんだ。貴族の屋敷を掃除するくらいなら、俺の部屋の掃除をしてもらおう」

「へ? そ、掃除?」

「そうだなあ。一週間くらい泊まり込んで掃除すりゃあ、さすがにあの部屋も綺麗になるだろう。なに、飯は俺が支給してやるから心配すんな」

「心配すんなって、そういう問題じゃないし! っていうか、アイザックさんの部屋に泊まるとか、絶対に無理だから!」

「それじゃあなんだ、さっき俺になんでもするって言ったのは、ありゃあ嘘か?」

「うっ……、嘘じゃない、けど……」

「じゃあ決まりだな」

「うわぁっ! ちょ、ちょっとなにすんだよ!」


 言い終わるなり、アイザックさんはまるで荷物のように私を担ぎ上げた。


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