ラッセン男爵家の仕事

「仕事…ですか。つまり、単なる助言程度のものではなく、ラッセン男爵家としての仕事に、私が加わると」


 カミルは予想をしていたものの、その予想を少し越える一言で驚いていた。自分はまだ成人になったばかりで、これから社交界に出る身だ。今まで父の仕事に対して自分なりの考えを伝えたことはあるが、最終的には父の仕事として、父が責任をもって実際に動いていた。


「うん、もちろん学業があるからそちらが優先になるだろうけど、とは言え時間は十分にあるだろう。仕事をしてもらう以上、機密情報もラッセン男爵と同じレベルで渡すことになるだろう」


 仕事をする、ということはカミルにも責任が課される。それは生半可なことでは無いだろう。フランも表情こそ冷静ではあるが、心配そうにこちらを見ている。


「まぁしかし、第一王子殿下に言われてしまっては、断ることもできませんね。かしこまりました。王国のため、ラッセン男爵家が長子、カミル・フォン・ラッセンが誠心誠意務めさせていただきます」


「ん、ありがと。じゃー、これ、サインして」


 第一王子の使用人が1枚の羊皮紙と筆記具を持ってきた。仕事の依頼、というよりか国王陛下からの勅書であり、王国に誓い、不誠実を働かないこと、誓約書を兼ねたものだろう。カミルは羽ペンを走らせながら王子に問う。


「父上はこのことを既に知っているのでしょうか?」


 王族からの依頼というのは基本的に断れるようなものではない。もしラッセン男爵が知っているのならば、その時点で自分の息子が此度の戦争準備に関わることが決定したという事実に直面する。


「ラッセン男爵は知ってるよ。彼に招集の勅書を出した時、同時にね」


 わずかながらカミルは動揺した。


(父は既に知っていながら、あえて黙っていたのか…)


「色々気になると思うけど、基本的には週次の定例会に出てもらって、後は宿題だ。もちろん緊急時には授業中でも使いの者が呼び出しに行くと思うけど、あとは普段どおりに授業に出てもらって構わない。出席状況に係る成績評価に関しては、調整する」


 サインを終えた羊皮紙を、第一王子の使用人が引き取っていく。カミルは残りのお茶を飲み干し、フランがあらためて給仕する。第一王子は使用人から2枚の地図を受け取り、少し考えた顔をしてからカミルへ手渡した。


「王城と王都、アルペンハイム辺境伯領の、特に城壁について、ですか」


カミルは地図を見てすぐに応えた。


「そうだ。どう思う?」


 王子の使用人が議事録の準備をする。


「まず、両地とも堀の幅を広げましょう。それから、王城周辺に関しては水堀にします。現在進めてる治水工事に合わせて、王都を流れるセイネ河から水を引きます。ただし、水門も整備して水堀か空堀かを調整できるように。アルペンハイム辺境伯領の城壁に関しては、まだ木造の箇所が多いはずです。材質に関してですが、単純な石材ではなく、ローマン・コンクリートとレンガを組み合わせて作ります。レンガに関しては、とりあえず現状の技術の物を使ってもらいますが、現在更に強度を増したものを研究中です。」


「ローマン・コンクリートとレンガ。5年ほど前にラッセン男爵が先代からの研究を引き継いで完成させたという、あの建築資材か?」


「はい。確か生産体制だけでも準備していたと思いますが…」


 地図を使用人に引き取らせた王子は、紅茶を一口飲みながら、満足げな顔をした。


「あぁ、レンガは量産してある。しかし、レンガが研究途中だとはな。ローマン・コンクリートの製造に必要な設備と材料は備蓄してある。中々、あの粉を集めるのは苦労したがな。で、あの建築資材を発明したのは、君なんだろう?」


 王子が立ち上がり、出口に向かいながらカミルに話しかける。同じくカミルも立ち上がり、フランが後ろにつく。


「えぇ、まぁ、小さい頃から家の図書室にこもり、外にいる時は砂遊びばかりしていましたから」


「それにしても10歳の子どもが考えるようなこととは思えないな。思えないが、君しか考えつかんだろう。また来週も宜しく頼むよ」


 そう言い残し、王子は表廊下へと退室していった。使用人に促され、カミルとフランは裏廊下へと出ていく。

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築城の貴族 我孫子(あびこ) @abiko_

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