第一王子の依頼

「父上は本日、外交案件で忙しいため、国王陛下の挨拶は私シャロム・フォン・エスタライヒが代わりにさせてもらう。特に後方で寝息を立てている男爵は心して聞くように」


「ちょっと、カミル!」


「ん、あぁ、あいつの挨拶か。一応起きておかないと周りの目が怖いな...」


 すっかり寝込んでしまったカミルは、慌てたブランカに起こされ、姿勢を正した。


「それにしても、国王陛下が不在の理由って急な外交の用事ができたんだね。やっぱ一国の王は多忙なんだなぁ」


(ん?あぁ、そういうことにしておいたのか。なら、シャルリー公国のことで緊急招集がかかっていることは、表向き秘密なんだな。ブランカにも余計なことは言わないようにしておこう)


「それでは続いて、生徒代表挨拶です。アルバン・フォン・エスタライヒ殿下、お願いします」


 王族の列ではなく、生徒列の最上位席から第二王子が立ち上がる。


「あー、第一王子が国王の代わりしたから、生徒代表はあの第二王子か〜」


 カミルは眠い目をこすりながらぼやいた。その顔をブランカが覗き込む。


「カミルは第二王子殿下にお会いしたことがあるの?」


「去年、初めてあったばかりだよ。どこか暗くて不健康そうな印象だったな。ほとんど話してないからよう分からん。第一王子が正室、第二王子が側室の子で異母兄弟なんだけど、兄弟の仲では不仲説が出ているらしい。あとたしか正室の子でお姫様がいたと思うんだけど、表に出てこないね。第二王子もあまり表に出てこなかったけど、今年社交界デビューだし、王太子の件もあるから、これからよく顔を出すのかな?」


「へー、王位継承争いの暗殺とか無いといいね!」


「滅多なこと言うなよ!」


 その後、再びカミルは眠ってしまい、入学式が終わってからブランカに起こされることとなった。ブランカは寝ぼけ顔のカミルを引っ張りながら、講堂を出て寮室の建物へ向かう。


「男女別だから、ここでお別れだね」


「ん?あぁそうだな(フランと同室になっていることはまだ黙っておこう、うるさそうだし)」


 しばらく階段を上がり寮室の鍵を開けようとしたカミルだったが、既に鍵が開いていることに気づいた。ドアを開けると、そこにはフランが直立不動で立っていた。


「おわ!?フラン、なんだもう居たのか。講堂で見かけなかったと思ったら、まさか先に居るとはな」


 先程までの貴族服から使用人服、ラッセン男爵家のメイド服に着替えたフランは、表情一つ変えずに返事をした。


「驚かせてしまって申し訳ございません。寮室前でお待ちしようと思っていたのですが、男性寮ですので、人目を気にして先に室内へ入り、整えて待っておりました。それと、第一王子の使いのものより、こちらの手紙をお預かりしております」


 フランが差し出した盆、そこには確かに王家の紋が押された蝋に閉じられた、手紙があった。


「あーそういえば王子が何か言ってたな。相変わらず仕事が早いこった。んー、談話棟の第一貴賓室に来るように、とのことらしい。何々、表廊下ではなく裏廊下から入るように、と。人目を気にする案件かな?まぁ、アレのことしか無いだろう。てか、もうすぐの呼び出しじゃないか。フラン、行くぞ。道が分からん、よろしく頼んだ」


「学園内の地図は概ね覚えました。おまかせください」


やたら広い学園内を右往左往すること15分――


「やぁ、思ったより遅かったじゃないか」


「大変申し訳ございません、第一王子殿下。私がカミル様をきちんとご案内できず、」


「いやいや、シャロム殿下、無茶振り勘弁してくださいよ。なんですか読んだらすぐ来いって」


 談話棟は学生や来園者が歓談するための建物で、カフェテリアの他に大小の談話室、それから下位貴族、上位貴族、王族用に整備された貴賓室がある。ここ第一貴賓室は通常の表廊下以外に、裏廊下からも入ることができ、王族または公爵家以上が使用する密室である。


 事前に第一王子の使用人が準備していた茶器を、フランが給仕する。


「いやまぁなに、急ぎの案件だからね。それと、学園内ではいつも以上に気軽に接して欲しいよ。早速本題だが、カミル君は何の用事で呼ばれたか分かっているかな?」


 机の上のコインを回しながら、第一王子はくだけた調子で聞いてくる。


「シャルリー公国の動きと、国内の要塞、城の再整備について」


 回転したコインを抑え、第一王子は笑みを止める。


「そう。で、君の父上が今、国王と一部の上位貴族との会議に参加している。しばらくは助言する機会が続くだろう。でもね、ここ数年の業績に関してはラッセン男爵だけのものとは僕は思っていないんだよ。言いたいことが分かるかな?」


「つまり、私の意見が欲しいと?」


 少し周りを見回した第一王子は、顔を近づけて耳打ちした。


「そんな軽いもんじゃないよ。仕事をしてくれ」

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