獣人の使用人

「旦那さま、お茶をお持ちしました。」


 メイドのフランはそっとお茶を淹れる準備をはじめたが、ふとラッセン男爵がその手を止めた。


「フラン、いいよ。アデーレ、三人分のお茶を淹れてくれ。フランはカミルの横へ座ってくれれば良い」


「左様でございますか...では、失礼致します」


 ラッセン男爵はフランと共に着いてきたもう一人の先輩メイド、アデーレへ茶の指示を出し、フランが丁寧に獣人のしっぽを回しながら座ったのを確認すると、おもむろに話し始めた。


「フランも知っての通り、カミルは数日後に王立シャルル学園へ入学する。お前と同じ15歳、もう入学できる年になった。我がラッセン男爵家からは誰も入学式へ付き添えないが...フランはラッセン男爵家の席へ参列して良い、それと...」


 ラッセン男爵が話を続けようとすると、何か言いたそうなカミルを差し置いて、フランが無礼を承知で口を開いた。


「旦那さま、それはなりません。ただの使用人であり、なおかつ獣人である私がラッセン男爵家を代表して貴族参列席に列席するなど、そのようなことは決して...」


「大丈夫だ、フラン。安心しなさい。くだらない差別など私が男爵家の...まぁ所詮男爵家のトップでしかないのだが、ラッセン男爵家の名において古い思想を一蹴しておこう。それに当日はきちんと貴族装を準備する。お前の成人祝いだと言って服のサイズを図っていたが、まぁこのためでもあるのだ。して、カミル、お前ももちろん、もう何も言うまいな?」


 フランと同じ心配をしていたカミルは、父の言葉を聞いてそれ以上、何も言おうとはしなかった。父は頑固者ではないと自負していたが、こといえこのような事に関しては一歩もひかない。また、父が大丈夫だと言っているのだ。それを何度も引き止めるようなことはかえって失礼であるし、きっと父のことだ、結局それなりに解決してしまうのだろう。


「口を挟んで申し訳ございませんでした。男爵家に恥じぬふるまいに努めます」


 フランは感情が高ぶると瞳の色が濃い赤色から唐紅、やや鮮やかな色に変わる。キツネの獣人に見られる特徴らしいが、カミルが知る限り、この世で伝わるどのようなキツネの獣人よりも、美しい色だと思っていた。その瞳が再び濃い赤色へと落ち着くと、フランは出過ぎた発言を謝罪し、再び主人の話へ耳を傾けた。


「うむ、ありがとう。カミルと言い、お前といいうちは皆聞き分けが良くて良かった。まぁ、我妻フィオナと、ペトラは...いや、まぁ今はその話はよいか。話というのは何もフランが男爵家として参列する、ということだけではない。もう成人するカミルに、フラン、お前が正式に専属のメイドとして着いてほしい。今までは下働きの使用人であったが、まぁ我が男爵家の使用人たちはもう、お前のことを十分に認めている。一人前の専属メイドとして、新しい主人であるカミルに付いてくれ。それと...」


 ラッセン男爵は話もそのまま、奥に控えていたアデーレを呼び出した。


「アデーレ、お前と、そうだな、いつも組んでいる部下を2人程度見繕って、フランの補助をしてくれ。とは言っても、普段は王都の男爵邸で控えることになると思うが。フラン、お前は学園の寮室でカミルの使用人として、住み込みをしてくれ。既に学園事務局へは届け出を出して許可が降りている。それとだな...」


 カミル、フラン、アデーレの3人が驚きの表情をする中、今度はカミルが先に口を挟んだ。


「ち、父上。フランは年頃の女性です。いくら使用人と言えど、そのフランと部屋続きの扉一枚隔てた部屋で同室になるとは言うのはいくらなんでも...」


 急に顔を赤くしだした愛息子と、再び瞳を唐紅色に染め始めながらも平静を装っているフランの様子を見て、男爵はくつくつと笑い出した。


 「ほう、カミル、お前もついにフランを女性として意識し始めたのか?まぁ、そうだな。学園寮では貴族同士の相部屋はおろか、使用人でさえも異性の同室は認められていない。これは貴族の血の重要性と婚姻までの貞操を守ることを考えれば、当然のことだ。あまつさえ、男爵家など使用人すら部屋に置いておけないだろう」


 そう言いながらラッセン男爵は執務机の端にあった羊皮紙を拾いながら、説明を続けた。


「まぁなんだ、私も学園規則と王国法を調べてみたんだがな、どうやら”獣人”における”性別"という概念は、”王立シャルル学園”や”使用人”という立場においては、特に明確にはされていないようなのだ。それどころか、”獣人が学園の寮室にいる”ことに関しては、何ら制限されるものがない」


 アデーレはやれやれといった表情をあからさまに出しながら、カモミールティーを注ぎたした。


「だからまぁなんだ。フランが使用人としてなのか、そうじゃないとしても、お前の寮室にいることに関しては何ら問題ない。一応意見書も添えて申請したが、学園側が良しと言っているのだ。いいじゃないか。まぁそれにだ、”ラッセン男爵家に限り使用人2名までの同室を許可する”と明記されていたよ」


 今日何度目だろうか、執務室にいた男爵をのぞく全員が、やれやれという表情で、それ以上何も言わなかった。フランの瞳は退室まで、唐紅色のままであった。




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フランの瞳は普段、濃い赤色ガーネットですが、興奮すると唐紅かれくれないという色になります。絵の具的にはカーマインよりやや鮮やかな感じでしょうか。真紅の中でも鮮やかな色で、万葉集や古今和歌集でも詠まれた色です。美しい緋色なので、ぜひ調べてみてください。

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