3話「帰らずの氷洞【BOSS】」
新アイテム「車いす」を得たアヨン達老勇者一行は、いろいろありつつも歩を進め、魔王城へと続く「帰らずの氷洞」に到着しました。
が…
「地図上ではここが「帰らずの氷洞」だが…。ちっ、なんだこりゃ、本当に合ってんのか?」
「初めて見る建物よねぇ。洞窟というにはきれいすぎるし、ホホッ!」
「おぬしの「初めて」は当てにならんじゃろ…。まあ、以前の踏破から数十年じゃ。様変わりもしようよ。」
つるつると滑り侵入者の行く手を阻む氷の床や、四方に生える身を貫く鋭いつらら、極めつけは番人である強力な冷気を操る、美しくも恐ろしいアイスクイーン。
一度入れば生きて帰ることが困難な永久凍土の洞、それが彼らの知る「帰らずの氷洞」。
しかしそこには幾度も踏破した記憶のダンジョンの面影はなく、「お客様殺戮度No.1!」の謳い文句の入った、懇切丁寧な施設の案内看板に始まり、床は全面クッションフロア、障害物やトラップも見当たらず、粗く削られた氷の壁さえ薄く平面に整備され、洗練された地下施設の意匠を醸していました。
「ふむ、面妖な…。戦局は魔王軍が優勢のようじゃし、かく乱か、挑発か…。」
警戒を緩めず「エントランスホール」なる場所まで歩を進めますが、魔物の気配はあるものの、適当な調度品と清潔感あるその空間は、まるで侵入者を「歓待」しているかのようで、やはり外の無法地帯とは別な空気を感じます。
「なめ腐りやがって…。ド三一の怪物どもがよ。」
その様を見て先ほどから青筋を立てていたエスガルドは、氷のバラが活けられた花瓶を音もなく横一文字に切り裂き気を静めます。
「ホッホー!見て!この来客用スリッパ、もこもこで温かいわ。みんなの分もとってきたからいつでも言ってね。」
笑顔のメリザの隣でヘルパーさんがスリッパの鑑定を行い、指で「〇」を作ってみせます。
「おいメリザ!敵地で迂闊に動くな!
…!?オイッこらアヨン!!貴様も無暗に怪しげな機械に寄るんじゃねぇ!」
「エスやん見ろ。ほれ、ボスの間直通エレベーターじゃて。」
「ちょく…アァッ!??
ったく何の冗談だ?罠だろう!?いや、罠…か?
それとも最近のダンジョンはみんなこうなのか?俺が古いだけか?」
バリアがフリーすぎる構造に長年の経験で培われた価値観を揺さぶられるエス。
「まぁ、なんじゃ、相手が塩を送ってくる分にはありがたく頂戴するとしよう。(ダンジョン攻略とかだるいし)
よーし、このまま降りるぞい!」
「ふざけるな!!ここは敵地だぞ!どんな仕掛けが…」
「アヨン!ちょっと待って頂戴!」
顔を真っ赤にしたエスに続き、メリザが珍しく鋭い声で咎めます。
「そうだメリザ、お前からもこの能天気に何とか言ってやれ!」
「『雪豹のスリッパ』ご自由にお使いください、ですって!!
ホッホー!ねぇとってきてもいいかしらっ。」
「貴様が今足に履いているものを言ってみろ!」
「何個もとるからもうカバンパンパンじゃぞ。」
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エレベーターで深く深く、地下最深部まで下り…。…。
やがてガクンと降下が止まるとゆっくりと自動ドアが開きます。
「フン、ここだきゃ、相変わらずのようだな。」
期待通りのものを見れた、とエスガルドは吹き込んでくる冷気を身に浴びながらも、高揚と緊張入り混じる不敵な笑みを浮かべます。
そこには先ほどまでのこじゃれた空間とは一転、岩肌やつららが粗略に露出した、閉ざされた銀世界が広がっていました。
「ようこそ、我が氷の庭へ。」
魔法の光を秘めた氷柱の灯りで朧に照らされた部屋の最奥から、迷宮の主の声が響きます。
しかし、それは聞き馴染んだアイスクイーンのものではありません。
闇と光の狭間に浮かんだのは白い鱗と角に金色の瞳をもつ巨竜でした。
「見ねぇ顔だな。貴様がボスか?」
「私はギガブリザードドラゴン。寿退社した前任のアイスクイーンからダンジョンボスを引き継ぎました。」
大きな体に負けない威圧感と紳士的な口調からは、彼が確かにその座にふさわしい実力を備えていることが伺えます。
「ホホッ、新人さんね。この大改造もあなたの仕業?」
「ええまぁ。上からの指示ではありますが。
兵力削減・ギミックオミットによる魔力コストダウン、労働環境改善、氷耐性有無によるモンスター間の格差是正。
しかし変わらぬ勇者撃退ノルマ…。
それらを両立する苦肉の策として、1000年の歴史のあるダンジョンの全面改装に踏み切りました。
おかげさまで今や勇者誘致数・撃退数・アイデア賞・奨励賞、各部門で1位の看板を頂戴しております。」
モンスターでもストレスがたまるのか、氷龍はここぞとばかりに魔王軍の内情をぶちまけた後、ありがとうございます、と髭を揺らして嘲るように勇者一行を見下ろします。
「成程な。あの内装は勇者を油断させおびき寄せるためのもの…、やはり罠だったか。しゃらくさい真似を。」
「あらあら魔物さんにも色々事情があるみたいね~。
…やけに気前がいいと思ったら、お代は命でちゃあんと回収する算段というわけ。」
静かに怒れるメリザの視線の先、光を放つ氷柱1つ1つの中には、苦悶の表情を浮かべる武装した人間達が閉じ込められていました。
恐らく今まで倒した勇者を氷漬けにし、残る生命力を魔力照明のエネルギー源にしているのでしょう。
「うむ、思い切ったやり方じゃが、ここまで守りを手薄にすれば「ダンジョン」、わしらを消耗させる仕組みとしては体をなすまい。
総戦力は知らぬが…、「この洞窟が絶対に突破できぬ」という絶対の根拠あっての奇策とみたが、どうじゃ?」
アヨンの質問にギガブリザードドラゴンの瞳孔は一瞬大きく開き、そしてのそりと胴を持ち上げます。
「…なぜ、エレベーターを設置したかわかりますか?理由は私さえいれば片がつくからです。
なぜ、そこのエレベータに上昇ボタンがないかわかりますか?ある必要がないからです。」
白銀の龍は地鳴りを起こしながら勇者達との距離を詰めにかかります。
殺気を察した彼らも各々の武器に手をかけ、臨戦態勢に。
「どれだけ姿形を変えようとも、経営方針が変わろうとも、上役や第三者委員会から睨まれようとも!」
痛めていそうな胃の底から上った絶対零度の吐息が周囲を凍結させます。
「ここは『帰らずの洞窟』。それだけは永劫変わらない。
私がいる限り、入ったら最後誰もどこにも帰さない。
歴戦の兵よ。魔王様の大願成就のため、あなた方を城に通すわけにはいきません。
ここでしね。」
「来るぞ!!!」
≪エンカウント≫
“ギガブリザードドラゴンが襲いかかってきた!”
“ギガブリザードドラゴンは手下を呼んだ!”
“フレックスタイム・スノーホワイトAが現れた!”
“ギガブリザードドラゴンは手下を呼んだ!”
“フレックスタイム・スノーホワイトBが現れた!”
“ギガブリザードドラゴンの氷牙連衝礫!”
「何ッ!!?三回連続行動だと!」
「なぁに、案ずるな。こちらには属性攻撃と防御のエキスパートがおる。次の攻撃で消し炭じゃ。のうメリの字よ!」
ヘルパーさんがメリザの方に呪文のカンペをさっと掲げます。
“メリザに32のダメージ!”
“メリザは凍りついた!”
「あっ…」
あっ…
「うろたるなアヨン!こんなこともあろうかと若造に解凍薬を調合させた!こいつをメリザに…」
“エスガルドに98のダメージ!”
“エスガルドに99のダメージ!”
“エスガルドは力尽きた!”
「ぐおぉおおぉ…!!」
「エスやんーーーーーー!!!」
あっという間に1対3。今までのポンコツっぷりを差し引いてもボス級を勇者1人で相手をするのは非常に分が悪いです。
「うぬぅぅ!こんの猪口才な氷トカゲめが!覚悟せい!2人の仇、わしが取ってくれるわ!!」
アヨンは1人になっても果敢に闘志を示します。
普段はのらりくらりとしていますが、ここぞというときには流石勇者。
“アヨンは逃げ出した!”
“しかし回り込まれてしまった!”
…と思いましたが、私の希望を言っただけだったようです、失礼しました。
「なーんてな!くらえ!わしの奥の手!!」
“逃走に失敗したときに「チョ=マテヨ」発動!”
「チョ=マテヨ!
貴様ァ!十年来のツレを見捨てるたぁどういう了見だ!」
“エスガルドが息を吹き返しツッコミを入れる!”
“アヨンに3のダメージ!”
いやどういう技なんですかそれ。
“フレックスタイム・スノーホワイトAは彼氏に電話をしている!!”
動かないのはありがたいですけど、上司の隣でよくさぼれますね…。
「アタタ…相棒!ささ、この隙に解凍薬の準備を!」
“フレックスタイム・スノーホワイトBの「ちゃんと仕事しなさい」!”
“エスガルドは混乱した!”
ほらっ、先輩怒ってますよ!
“エスガルドは混乱している!”
「なっ、おいしっかりせいエスやん!!こっちの手番じゃぞ!」
やっとまわってきたターンですがエスガルドは泡を吹きながら半狂乱。
「ぐぅ…仕様ない、エスやんわしがやるからその瓶こっちn」
アヨンに向かって解凍薬を思いっきり叩きつけます。
「!!っっ…んんぬう!、…んっふ…ぐぅ」
あろうことか股間に薬瓶がクリーンヒット。蓋を外していたため中身もすべてこぼれてしまい、びしょびしょの股間を抑え悶絶する友の様子を腹を抱えて大笑いしたエスは、そのまま持病の発作で倒れ込みます。
アホなハイティーンみたいなノリでボス戦だなんて流石レジェンド(怒)
“エスガルドは行動不能!”
“アヨンは行動不能!”
上手く切り返しができないまま、敵へターンを渡すことに。
「くっ、情けなや…。これまでか。」
「勇者アヨンとその仲間。
かつて比類なき強さと勇気を以て三度この世から闇を退けた、聖龍の戦士たち。
どれほどのものかと思っていましたが…ククク、人の隆盛、その短さたるや。」
「ぐぬ…」
「これで終わりです。その老いさらばえた己の身を呪いながら凍るがいい!」
“ギガブリザードドラゴンの氷牙連衝礫!”
誰も動けない、回復手段もない、そして圧倒的な強さを持つ敵、もはや万策尽きたと思われたその時、
“???がアヨンをかばった!”
“???は精霊の加護でダメージを無効化した!”
「!?」
背後から飛び出した4人の人影が老勇者一行の盾となり、一人の少年が大剣でドラゴンの攻撃を防ぎます。
アヨンを狙った無数の氷塊は彼を守るバリアに触れた瞬間、音もなく霧散します。
「…やれやれ、仕方ありませんね。
お急ぎのお客様から先に氷像にすることにいたしましょう。」
「おぬしらは…一体…」
「勇者だ。」
少年は難敵を睨んだまま、背中越しにそう告げました。
魔王城まで、あと5km。
シルバークエスト ~過ぎ去りし時を超えて~ 月輪話子 @tukino0
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