第127話 イザベルの武器庫
2月28日は卒業式だ。
あの後も試験結果は順調で、ほとんどが第1希望に合格した。
十数人が第2希望に回ったがいずれもそれなりに納得出来る学校だ。
就職組はまあ、文句無い処に全員内定済み。
つまり今年の卒業生の進路は文句無い状況だ。
校長としてもっともらしい挨拶等をして、そこそこ厳粛に卒業式は終わる。
結構泣いていた生徒もいるが、これもまあ通過儀礼みたいなものだ。
俺自身もそれなりの感慨はあるけれど、まあそれはそれとして。
主役の卒業生の邪魔にならないよう、俺は早々に逃げさせてもらう。
今日は授業も仕事も特にないから職員室にいる必要も無い。
職員室だと間違いなく見つかりそうだから、本部の図書室あたりがいいかな。
今は余り使っていない使徒としての俺の執務室、通称開発室の隣。
だから勝手知ったる場所だ。
行ってみると案の定誰もいない。
司書兼任の司祭長やその補佐の生徒も今はいない模様だ。
だから俺は図書室の本をのんびり品定めしながら時間を潰す。
2月終わりと言ってもここの暦は太陽太陰暦。
現代日本なら3月の終わりくらい。
だから窓の外は春景色。
外では農場のアンズが日本の桜に良く似た花を咲かせている。
農場脇に雑草化している大根の花とか辛子菜の花も咲いているし、春だな。
とりあえずめでたい。
うるさい連中が減って寂しくなるが、まあ仕方無い。
ここは学校だから毎年出会いと別れがある訳だ。
まだ俺は慣れていないけれど、そのうち慣れるだろう。
そんな事を若干
それにしてもここは色々な本がある。
宗教関係とか教団が出した本だけではない。
例えば国の統計関係とかは最新まで揃っている。
社会学の本だのもあれば医学に近い分野の本もある。
娯楽系は少なめかな。
でも単なる学問関係を集めたというのとはまた少し違う趣きだ。
微妙な偏りを感じる。
何を目安に本を選んでいるのだろうか。
ふと気になったのでささっと蔵書全体を見てみる。
医学、社会学、政治学、国の統計、各宗教の教本。
生物学とか農学関係も一応揃っているけれどこっちは実用書という感じ。
これはどういう基準で……
そう言えばここは以前、イザベルが管理していた場所だ。
まあ今でも生徒の補佐を介してイザベルが間接的に関与しているけれど。
ならば……
俺はもう一度本の分野等を確かめる。
内容を現状認識を使いつつ把握して……
そして唐突に俺は理解する。
この図書館の本の意味とイザベルという人間の思いを。
かつて彼女が俺に言った言葉が浮かんでくる。
『これでもそれなりに影響力の高い環境にいたとは思っているのです。それでも私一人では結局何も出来なかったのです。何も出来ないまましないままただ絶望したのです。その後は逃げて逃げて逃げまくって、気づいたら教団で知に逃げていたのです。逃げるため自ら時を止めたこの身体でただ知の世界に逃げ込んでいたのです』
『以前の私は色々諦めていたのです。金持ちと貧乏人のどうしようもない格差とその再生産。変えようと思ってもその方法も何もわからなかったのです。だから私は知識の世界に逃げたのです。
教団に入った当初はそれでも少し期待したのですが、所詮無理だと悟ったのです。例え王家の一族に産まれても個人では出来る事は限られているのです。ましてこの世界の常識に浸かった私には何も出来ないし何も思い浮かばなかったのです』
ここの図書館は武器庫だ。
諦めたと言いつつそれでもイザベルが現状と戦おうとした跡だ。
誰でも飢えること無く平和に暮らせるという方法と社会、そんな誰もが実現不可能だと思う夢を叶える為、その為に戦う為の武器としての知識の集積。
これがこの図書館の蔵書だ。
改めて思う。
かなわないなと。圧倒されるなと。
俺よりイザベルの方がよっぽど使徒としてふさわしい存在だなと本気で思う。
俺はただ思いつくままに色々やっただけ。
収益活動は別として、教学の改訂、病院や学校の開設、農家援助策、新しい街。
それらが上手く行ったのはきっと、イザベルの意思と、その意思のもと必要を感じて集めた知識のおかげだ。
俺はその辺の思いまで気づかなかった。
今の今まで。
思い返せばイザベルは何度も言っていたのに。
◇◇◇
どれくらい圧倒されて、ぼーっとしていただろうか。
「あ、こんな処にいた!」
そんな声に我にかえる。
この声はお馴染みの声だ。
見なくても気配でわかる。
毎度お馴染み4人組だ。
いや、毎度お馴染みだった4人組というべきかな。
今日で卒業だから。
寮の退出期限は3月半ば過ぎまでだから、もう少しいるだろうけれど。
「何ここに逃げているんですか。皆探していましたよ」
「いやさあ、今日の主役はお前達だから邪魔者は引っ込んでようと……」
「邪魔者じゃ無いですよ。皆校長先生と話したがっているんですから」
「そうそう、こっちこっち」
クロエちゃんとエレナちゃんに引っ張られて図書室を出て廊下へ。
「
「そうそう。特に最後にコケて倒れて動かなくなって、慌てて駆け寄ったら実は眠り込んでいた処とか」
「残念だがそれは本当だ。施術を使い過ぎて限界を超えると眠くなる」
「ここからアネイアまで馬車の倍以上の速度で走ったのは?」
「そういう施術というか術があるんだ。今のところ私専用だけれど」
「あと一歩で使えるのですよ。なんて副校長先生が言っていました」
「副校長先生ならやりかねないな、確かに」
そんな事を話しながら廊下を抜け、外へ。
「あ、校長先生だ」
いきなり囲まれる。
「今までありがとうございました」
「来た時はこんなになるとは思いませんでした。本当にありがとうございました」
こら皆してそんな事を言うんじゃ無い。
涙腺が怪しくなるだろう。
だから式典終了直後、空間移動まで使って図書館に逃げたのに。
あ、心の汗が……
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