第128話 夜の散歩(8)~俺とイザベル~

 大騒ぎの卒業式とその後を終えて、職員室でちょっとだけ書類作業して。

 何となく感慨深くて夕食後、のんびりと周りを散歩してみる。

 あたりはもう暗いが別に構わない。

 その気になれば現状認識で暗い場所でも歩ける。

 今夜は月が無い分、星が綺麗だ。


 まずは農場。

 何気に以前より広くなったし区画整備もされている。

 俺が来た頃より更にまっすぐ綺麗な区画になっていて作業もしやすい。

 その辺は俺ではなく別の誰かの仕業だ。

 ハーブとか香辛料とかの畑をはじめたのは俺。

 だが今ではそれが更に大規模になっている。

 甜菜もそこそこ植えてあるが、これは南部の方が育ちがいいようだ。

 なのでここにある分は今では主に研究用。

 砂糖用のものは南部で委託農家に大規模に生産して貰っている。

 例の中小農家援助策でだ。


 そう言えば小麦やジャガイモ、大豆も研究用が3割くらいあるんだよな。

 ジョルジャ司祭補とヴィオラ司祭補、結構頑張っている。

 もう少しで芋や種から成長後の特性がわかるようになるらしい。

 イザベルが暇を見ては教えているようだ。

 その辺イザベルは俺よりマメだよな。

 面倒見がいいというか。

 

 次はこのまま学校の裏手側を回ろうかな。

 そう思った処で俺は前方に気配を感じた。

 こんな時間に誰……イザベルだった。


「どうしたんだ、こんな時間に」

「使徒様こそ、なのです」

「何となく散歩中だ。何か今日で一段落した感じがしてさ」

「私もなのですよ。最初の卒業生が出てちょうど一区切りという感じなのです」

 なるほどな。

「なら一緒にちょっと散歩するか。あてがあれば別だけれど」

「特にないのですよ。だから同行するのです」

 そんな訳で何となく一緒になる。


「3年間、過ぎてしまえばあっという間だよな」

「そうなのですよ。もうあの連中が卒業かと思うと色々と思うところがあるのです」

「同じく、だな」

「これで終わりという訳では無いのですけれど。それでも何か仕事をひとつ成し遂げられた気がするのですよ」

 確かに俺もそう感じる。

 でも、だ。


「実際は学校以外にも色々やっているんだけれどな。教本の改訂からはじまって、収益事業を考えたり、病院を建てたり。学校を作った後だって農家救済策とか街づくりとか。南部の産業振興は半分以上アレシア司教オリジナルになったけれど」

「そのきっかけを作ったのは使徒様なのですよ」

「実際はイザベルの功績だな。俺はただ案を出しただけだ」

「今まではそれが出来なかったのですよ。だから使徒様の代わりになる人はいないのです。でも私の代わりになる人はいるのですよ」

 ここまではいつもの議論だ。

 でも今日はちょっと返答を変えてみる。

 俺なりに思い切って、でも間違いなく本音を込めて。


「俺はそうは思わない。それにもしそうだとしても、俺は相手がイザベルで良かったと思うし、これからもそうであって欲しい」

 イザベルの返答がいつもよりちょっとだけ遅れる。

「私は特に特別でもなんでも無い存在なのです。それなのに何故そう思うのですか」

「特別でもなんでもないなんて嘘だな。色々な意味で特別だと俺は思っている。

 今日の卒業式の後、図書館でふと気づいたんだ。この図書館はイザベルの武器庫なんだなって。誰もが平和で豊かに暮らせる、そんなかなわない夢をそれでも追い続けたイザベルの武器庫なんだなって」


 イザベルの返答が返ってこない。

 でもそれなら俺は次を続けるだけだ。

「確かに俺は色々な改革に手をつけた。教団の収益活動関係はまあ除いておくとしよう。でもそれ以外が方向を間違えること無く上手く行って、人の役に立っているのはイザベルのおかげだと今では思っている。イザベルが自分の思いを持って正しい方向に導いてくれたからこそ、全てがいい方向に行ったんだ。

 この学校なんてまさにその例だ。最初はせめて文字数字の読み書きが出来て貧困の連鎖にならなければいい、その程度しか考えていなかった。でも結果はどうだ。文字の読み書きすら出来なかった生徒が国内最高の中等学校へ合格するくらいになった」


 考えてみればこれはこの国にとっても記念すべき事かも知れないな。

 それ位に俺は思っている。

 国立の中等学校なんて入るには領立や私立の名門初等学校に通うのが普通だ。

 それらの学校へはそれなりに裕福な家でなければ通わせるなんて事は出来ない。

 結果的に国の高級公務員等は裕福な家庭の子女しかなれない。

 その流れを打ち破ったのだ。


「その辺は校長先生をはじめ先生方の教え方が良かったのですよ」

「少なくともクロエとエレナはお前の仕業だろう。あとアウロラやキアラとか。他にも1組2組の半分以上は何らかの形で補習なり質問回答制度なり色々やっているしな。クロエとかに色々聞いたしさ」

「クロエは校長先生に懐いているのですよ」

「それ以上にイザベルにひっついていると思うけれどな」


 また沈黙。

 そして今日に限っては、沈黙は俺のターンだ。

 俺がやり残している事の最後。

 それをこれ以上伸ばさないし伸ばす気もない。


「この先俺が改革等をどこまで色々出来るかはわからない。でももしこれからも何か思いついたら、何かこれをやればいい方に変わると思ったら。多分今までのようにイザベルに相談すると思う。誰でも無くイザベルに真っ先に相談すると思う。イザベルがどう思うか聞きたいと思う。今までもそうしていたけれど、それは間違いじゃなかった。色々知ったり感じたりした今もそう思っている。

 だからお願いだ。これからも俺の一番そばにいて欲しい」


 よし、言った。言いきった。

 でも途端に不安になる。

 ちょっと強引すぎたりしなかっただろうか。

 何せこういう経験は前世から基本的に乏しいのだ。

 

 沈黙が怖い。非常に怖い。

 でももう言うべき言葉を何も思いつかない。

 だから俺は待つ。

 沈黙が怖いけれど待つ。


 そして。

「やっぱり使徒様は、ずるいのですよ」

 そんな台詞からイザベルの言葉ははじまる。


「本当は私から言おうと思っていたのですよ。でも言うのが怖かったのです。何度も機会はあったと思うのです。それでも言えなかったのです。

 横に一緒にいられればこのままでもいい。そう思ったりもしたのです。でもいつまでいられるかも考えて見ればわからないのです。使徒様が学校以外に行ってしまう可能性もあるし他に学校をつくって私が異動する可能性だってあるのです。

 実はクロエとも色々話したのです。この前使徒様がクロエと話した内容も聞いているのですよ。先生としては良くない行為なのかもしれないけれど、クロエとはよくそんな話もしたのです。だからこの前話した内容を聞いて、使徒様がそれなりに思ってくれている事が嬉しくて、他に誰か思い描いていた人がいる訳じゃないのが嬉しくて、もう少し今のままでも大丈夫かもしれないなんて思ったりもしたのです。

 そう思ったとたんこれなのです。やっぱり使徒様はずるいのですよ」


 ずるいと言われてもなあ。

 俺としてはどうすればいいのだろうか。

「ならもう一度、告白をやりなおすか」

 告白と自分で言ってしまってどきっとする。

 そう、俺はイザベルに告白してしまったのだ。

 後悔はしていないが、でも意識してしまうと結構心臓ドキドキもので……


「それは残念ながら不許可なのです。言った事には責任をもつべきなのです。だから今後とも末永くイザベルを宜しくお願いします、なのです」

 なんだかなあ。

 でも俺とイザベルらしいかなとも思う。

 こんな感じの告白は。

 多分春の夜のせいだ。

 勿論言った事に責任はとるつもりなのだけれども。


「今日は月の終わりと初めの間なので、月が見えないのです。クロエに又聞きしたのですが、月の意味は、惑いだったのでしょうか」

 イザベル、本当にクロエに聞いたんだな。

「ああ。この世界ではなく、俺が前いた世界の占い用カードの意味だけれどな」

「でも今夜は月の無い夜なのです。代わりに星がいつも以上に綺麗なのです。

 だからそのカードには星のカードはあるのですか。あるとしたらどんな意味なのですか」

 タロットカードの『星』か。

「確か『星』は『月』の1つ前のカードだ。意味は『希望』だったな」

 イザベルは微笑む。

「色々出来すぎているような気がするのですよ」

「本当だから仕方無い」

「まあ使徒様の言う事だから信じてあげるのですよ」

 俺達はゆっくりと学校の裏を通り過ぎる。

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