第122話 合格発表の日

 今日は5の曜日。

 国立学校の合格発表がある日だ。

 試験結果を受け取りにイザベルが昨日午後からアネイアに出向いている。

 何も昨日中に出なくても今朝一番の便で出向けば間に合うのにな。

 なお俺は週1回の説教と最高幹部会議があるので留守番だ。


 最高幹部会議が終わってすぐ学校に駆けつける。

 イザベルはまだ戻って来ていない。

 学校の発表が朝9時だから次の馬車かな。

 もしそうならば到着は午後3時くらいだ。

 職員室に荷物を置いた後、自習中の3年1~2組の教室へ。

 国立受験の連中が顔を出している。

「どう、発表来た?」

「まだ副校長が戻ってきていない。次の馬車便だとすると3時頃だな」

「うーん、落ち着かない」

「わかるけれどさ。まあ待て」

 落ち着かないのは仕方無いが焦ってもどうしようもない。

 イザベル副校長が書類を持ってくるまで待つしかないのだ。


 俺は再び職員室へ戻って事務仕事。

 悲しいかな処理待ちの書類に困る事は無い。

 読んで意見書いてサインして回して。

 そんな事を繰り返していると知っている気配を感じた。

 職員室の扉が開き、イザベル副校長が入ってくる。

「国立組は取り敢えず全員第一志望へ入れたのですよ。めでたしめでたしなのです」

 おいおい先に言うなよ。

 まあいいけれど。


「なら早速本人達にも教えてやらないとな」

「そうなのです。渡したり書いて貰ったりする書類も多くて大変なのですよ」

 イザベルの持っている手提げカバンが思い切り膨れている。

 合格者の書類が詰まっているのだろう。

 イザベルは一度カバンの中を整理した後。

「それでは教室へ合格発表に行ってくるのです」

 職員室を出て行った。


 第一陣は全員合格か。

 取り敢えず非常にめでたい。

 国立は奨学金が出る上基本全寮制。

 だから4月からの住居やアルバイト探しをしなくていいしな。

 そういう意味では明日からの領立中とか職業訓練校の連中の方が大変だ。

 なお領立中を受験する連中は今朝までに学校を出て、それぞれの試験会場近くの教会へと向かっている。

 今頃は全員到着して、最後のあがきと勉強したり観光を楽しんだりしている頃だ。


 それにしてもこの学校、最初に思い描いていたものと随分と変わった気がする。

 最初は『せめて読み書きと簡単な計算くらい出来れば就職で有利だろう』という程度に考えていた。

 とにかく最低限の事を覚えさせ、文盲による貧困の連鎖から何とか脱出させよう。

 それが目的だった筈だ。

 3年制だが1年でやめるなんてのも考慮に入れていた。

 それが進学、それも最難関の国立に十何人もの合格者を出すまでになっている。

 進学実績的には王都アネイアにある5年制の名門初等学校並みだ。

 改革で学校制度が変わったとはいえ随分変わったよな。

 こういう方向へならどんどん変わっていいけれど。


 うんうんめでたいと思っているとイザベルが戻って来た。

「とりあえず全員合格おめでとうなのです。だから明日の安息日は国立合格者でパーティなのですよ。ですので校長先生、パーティ料理とおやつはよろしくなのです」

 おい待て何だそれ。

「全部俺が作るのか」

「材料集めくらいは協力してもいいのです。料理は校長先生が作る方が色々種類も豊富だし美味しいのですよ」

 否定しないどころというか全面的な肯定だろそれは!

「楽しそうでいいですわね」

 こらノーラ司祭止めろ……止めないか。

 まあ安息日に学校の第1談話室等を使って集まっているのは既に周知の事実。

 実質あの延長だからまあ仕方無い。


「あと2年生や1年生、他の3年生もいるので人数は計42名なのですよ。明日の昼食は出席者分、既に断りに行っているのです。その分余る物を含め、食材をどれくらい使っていいかについても厨房と農場に特使を出しているのです。まもなく連絡が来ると思うのですよ」

 そこまで既に手を回していると。

 計画的かつ悪質な犯行だ。

 非常にタチが悪い。


「でも2組の一部や3組、4組あたりは明日試験だろ。国立に合格したうち5人くらいは試験を受けに行っているし」

「とりあえず国立に合格したうち、アネイアに領立学校の試験を受けに行った生徒は明日朝の馬車で試験を受けずに戻ってくるのですよ。既に連絡済みなのです。だから国立に合格したうち参加しないのはトランに受験に行ったロベルトだけなのです。

 それに他はみな、また試験に合格した後にお祝いをすればいいのですよ。なお会は明日の正午開始予定。なので校長先生なら使徒様の能力を使えば十分42人分の料理をフルコースで作る事が可能なのです」

 おい待てイザベル。

 また何か過酷な条件が追加されたぞ。


「つまり42人分をフルコースで作れという事か」

「給仕まではしなくていいのです。でももし何処かに呼ばれた場合、正式なマナーを知らなくて困る事があってはまずいのですよ。ですからフルコースの料理を食べながらその辺を教える機会にするのです」

 ぐうう……

 イザベルめ、理論武装してきやがった。

 もともと口でイザベルに勝てるとは思っていない。

 というか口喧嘩と理論武装ならイザベルはおそらく最強レベルの達人だろう。

 つまり計画が出来た時点で俺に勝ち目は無かった。

 イザベル様の計画通りやるしかないと。


「失礼します」

 クロエちゃんが入ってきた。

「厨房と農場の方、話をしてきました。これが食材のリストです。明日、生徒で分担して取りに言ってきます」

 イザベルはリストをちらっと見てにっこり頷く。

「よしよし、上出来なのですよ。ご苦労様なのです」

「でも明日、本当に手伝わないでも大丈夫なんですか」

「祝われる側が手伝う必要は無いのですよ。それに生命の神セドナ教団の使徒の能力を甘く見てはいけないのです。使徒の能力を使えば42人分のフルコース料理など訳は無いのですよ」

 おいイザベル!

「幸いな事にパンは厨房で焼いてくれるそうなのですよ。感謝なのです」

 おい!

「やはりメインは肉と魚両方必要なのです。魚の方は仕方無いので私のポケットマネーで仕入れるのですよ。新鮮第一なので明日朝に到着予定なのです」

 だから!

「食器類も既に手配済みなのですよ。ですので校長先生は明日午前中、頑張って料理に勤しんで欲しいのです。作り置きなのは仕方無いから我慢するのです」

 ……なんだかなあ。

 使徒でもあり校長でもある、俺の扱いなんて所詮こんなものだ。

 ああ。

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