第121話 もう一つの軸

 夕食後のあとは就寝という時間。

 結局平日で俺が自由に使えるのはこの時間になってしまう。

 さて、昨日は思った以上に上手く行った。

 この調子で新しい術を増やしていこう。

 さて、昨日の術について実は疑問がある。

 あれは本当に勝利の神ナイケ教団の高速移動神技なのだろうかという疑問だ。

 実は『効果としては同じだが違うもの』という可能性もある。

 でもそれなら生命の神セドナ教団の施術でも『効果としては同じだが違うもの』が色々あるような気がする。

 熱の施術など簡単なものは各教団に同じような術があるからまだいい。

 例えば治療の施術だ。


 上級治療施術は生命の神セドナ教団独自のものとされている。

 だが同じ生命の神セドナ教団の上級治療施術であっても起動のイメージは各術師によってかなり異なる。

 例えばオルレナ大司教の上級治療施術は基本的に神に祈る事が全てだ。

 祈りの力によって身体を自動的に正常な状態へと持って行く。

 一方でアベラルド司教補は身体を流れるエネルギーをイメージするそうだ。

 エネルギーが正常に流れていない場所を確認して、そこに力を集中することによって患部を治療する。

 更に違うのがイザベルの上級治療施術。

 俺の影響もあるのかもしれないが現在のイザベルの上級治療施術は医学に近い。

 本人の自覚症状や体温の変化等で患部を探し出し、その周りの身体構造と比べて異常な部分を確認し、周りの正常な部分と同様に修復する事で治療する。

 これらは全て上級治療施術なのだが、本当に同じ施術なのだろうか。


 他にもある。

 初級の術で各教団に存在する熱関係の術。

 当然生命の神セドナ教団にも熱の施術は存在する。

 でも例えばグレタちゃんが習得した初級の筈の熱の施術。

 熱の焦点を点や線、面と自在に変化させながら金属加工をするあの施術は、本当に熱の施術として同一のものとみていいのだろうか。

 この世界ではその辺り誰も疑問に思っていないように見える。

 でももしその辺似たような術が全部別の術であるならば。

 本当は教団だの術の名前だの種類だのと関係無く、人と使える術の数だけ違う種類の術が存在するのではないだろうか。

 全ては違う術で、共通の名前で呼んでいるだけではないのだろうか。


 この考えに対して俺の現状認識は何の反応もしない。

 正しいとも間違っているとも反応しない。

 つまりは試してみるしかない訳だ。

 とは言え俺は使徒。

 しかも生命の神セドナの守備範囲は他の神と比べてもかなり広い。

 つまり大抵の事は施術で行う事が出来る。

 生物的な事は勿論、熱、水、物理的な力の増減等、割と万能だ。

 高速移動神技も使える施術の組み合わせで何とかしてしまったし。


 何か試せる術が無いだろうか。

 そう思ってふと思い出したものがある。

 こうやって術の幅を増やそうとした原点、闇の神アイバルの使徒の力だ。

 俺の施術を打ち破って逃げ、なおかつ逃げた後の痕跡も残さない。

 使徒トマゾ氏は『瀕死に近いダメージを受けているだろう』と言っていた。

 でもその状態で2人の使徒から完全に姿をくらませるだろうか。


 俺が思いつく答は一つしか無い。

 姿をくらませた奴は俺やトマゾ氏が認識できる世界に存在しなかった。

 無論仮説に過ぎない。これが正しいという確証は無い。

 でも俺としてはそうとしか考えられないのだ。

 何せ俺の力は生命の神セドナの御力。

 認識した生命体はこの世界の何処にいても本気になれば居場所がわかる。

 例えばアレシア司教の現在位置と行動は……

 現在、カラバーラにある領主館でスリワラ伯と飲んだくれて倒れている。

 なおスリワラ伯も既に飲み過ぎで椅子から動けなくなっている模様。

 何やっているんだあの人達は。

 テーブルを見るとどうやら新しい酒と新しいハムの説明及び試食らしい。

 羨ましいというか何と言うか……

 きっとアレシア司教、明日辺りにはまたマウラ司教補に怒られるんだろうな。


 話がそれた。

 そんな俺ですら闇の神アイバルの使徒の気配すら掴めない。

 つまり奴は俺の認識できる世界にいなかった。

 そうとしか考えられないのだ。

 この世界は縦横高さ、つまり垂直に交わる3軸と時間で位置を記述できる。

 記述の厳密な意味を求めるとまあ面倒だけれど、要は3次元と時間の世界だ。

 奴はこれ以外に移動出来る軸を持っているのでは無いだろうか。

 この世界の全ての方向と垂直に交わる方向にある程度動けるのではないだろうか。


 そんな訳で、まずは現状認識でこの世界以上の軸を認識できるか試してみる。

 勿論素直にはいできましたとはならない。

 使徒としてほぼ全ての施術を習わずに使いこなせる俺としては『出来ない』体験は珍しい。

 それでも認識方法を変えながら何度も何度も試して見る。

 施術を練習する生徒もこんな気持ちだったのだろうか。

 そんな事を思いながら。

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