第115話 夜の散歩(3)~私の世界~

「さて、更に前の話になります。以前にも話した通り、私はここに来るまで南部スリワラ領の、サナターラという小さな小さな村で育ちました。

 家はごく小規模の農家でほぼ食べるのでぎりぎり、服なんかも教会や近所の家の間で回して使っている古着等。知っているのは自分の家のある村の周辺だけ。周りもうちと同じように食べるのでぎりぎりの農家ばかりでした。


 村の外から来る人もほとんどいませんでした。強いて言えば1月に1回くらい病人を診察するために村に来る施術師さんでしょうか。診察の手伝い、そう言っても水を汲んできたり汚れた布を洗ったりする程度ですけれど、そんな手伝いをしながら聞く話が唯一の村の外の情報でした。


 その生活が突然変わったのが3年前です。回ってきた施術師さんが私に『学校へ行くつもりは無いか』と尋ねました。学校なんてお金持ちの行く場所で、今まで縁が無かったので、行くなんて考えそのものがそれまでありませんでした。


 村の外を見てみたい。怖いけれど色々な物を見て見たいし色々な事を知りたい。でもお金が無いと学校へ行けないんでしょ。そう聞いたんです。

 そうしたら施術師さんが教えてくれました。所属している教会の偉い人が学校を作って生徒を募集している。そこなら無料どころか家にお金を送りながら勉強をする事が出来る。そう聞いたんです。

 勿論入りたいとお願いしてみました。父や母も賛成してくれました。そして3月のある日、家から1日歩いてカラバーラの教会へ行って、翌日馬車でこの学校へ旅立ったんです。


 村を出るのは初めてでした。馬車に乗るのも初めてでした。家以外の場所に泊まるのも初めてでした。全てが初めてでどうしていいかわからなくて、それでもやっぱり楽しくて。

 学校生活もそうでした。何もわからないしどうすればいいかもわからない。ノーラ先生や寮のエヴェリーナ先生には色々迷惑をかけたなと今では思います。まあそれは私だけで無く生徒の何割かは同じような感じだったのですけれど。ペンの持ち方どころか大きなお風呂の入り方すら知らない状態でしたから。


 それでも何とか授業を受けて、文字という物を知って、数字を何となくおぼえたところで。学校で初めての行事がありました。遠足です。グループに1人先生がついてくれるというけれど、グループの数が多いのでいつもの先生だけじゃありません。いつもの先生は話し言葉とかも得意では無い生徒のグループについて、私のグループは何と校長先生。

 正直どうしようかと思いました。校長先生の授業は3組では無かったし、話した事も無い。それに学校を作った教団の偉い人って実は校長先生で、実は教団で一番偉い使徒様だという事も聞いています。だから正直なところ怖かったです。男の人でもあるし、本当にどうしよう。前の夜はそれでなかなか寝付けない位でした


 そして当日。学校から列を作って歩いて行って、着いた先の広場で集合します。いよいよグループでの行動です。大丈夫かな、私は実は凄く不安でした。『心配する事無いと思います。校長先生って結構気さくで何でも答えてくれるって聞いていますし』。エレナはそう言うのですけれど、とにかく不安で。

 実際、校長先生が今まで何回か話しているのを見た事はありました。でも基本的に見るのは偉い人として話しているのを遠くからで、近くで見た事は無かったんです。


 でもやってきたのは若くて、思ったより親しみ易そうな人でした。

「ここが3組の『ジラソーレひまわり』班だよな」

 エレナが頷くと校長先生は笑顔で頷きました。

「今日のこの班の担当をする校長のレンだ。宜しくな」

 社会の授業をするブルーノ先生よりも柔らかい感じで校長先生はそう自己紹介して、そしてもう一度私達に頭を小さく下げて尋ねました。

「さて、皆は何処へ行きたい?」

 それでも私は最初、直接話していいのか戸惑いました。

 でもエレナとかダフネとかが色々話しているのを聞いて、やっと少し大丈夫かな、そう思えるようになったんです。


 さて、服屋さんへ行くと決まったのですが、どっちへ行けばいいのだろう。方向がわかりません。私が地図担当だったのですけれど、どう見ればいいのかがわからないのです。だから地図を前に広げて持って、エレナ達にも見て貰ったのですけれどわかりません。どうしよう、そう思った時です。


『この地図のこの部分に櫓が書いてあるだろ。それがそこにある櫓だ。あとこのマークは共同市場だろ。そっちに見える奴だ。

 その2つを地図と本物同じ方向に合わせてやる。こんな感じでさ』

 校長先生がそう言ってふっと私を抱え、立っている方向を変えました。

 本物の櫓がすぐ右に、共同市場が少し先の左に見えます。そして地図の中心にある広い場所を見ると……櫓と共同市場の入口が右と左に見えます。

 この瞬間、私はやっとこの地図の意味を理解しました。地図と世界がこんな感じで同じように繋がっている。その事を感じた瞬間、私の世界の何かが一気に開けたような気がしたんです。文字や数字で書かれている世界と私達の世界が一気に繋がったんです。


 本当にそうなっているのだろうか。私は確かめたくて真っ先に歩き始めました。本当だ、共同市場の先交差点の左には役所がある。交差点の反対側はパン屋さんだ。世界がどんどん広がっていくのを感じました」

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