第114話 夜の散歩(2)~校長先生に質問~

「前に副校長先生に尋ねてみたんです。校長先生といつも一緒だけれど補佐役以上の何かが無いのかって。副校長先生は言っていましたよ。それを確かめるのが怖いのです、って」

 えっ。


「校長先生はどうも前の世界で何かあったようで、プライベートで女性と付き合うのが苦手なようなのですよ。そうも言っていました。でももしそうでなかったとして、単に私がプライベートとしてはあまり好きなタイプではなかったのならどうしよう。そう思うとやはり怖くて確かめられないのです。そんな事も言っていました」

 おいちょっと待った。

 クロエちゃん、一体何が言いたいんだ。


「そんな訳でまず校長先生に質問です。校長先生はプライベートで女性と付き合うのが苦手、それは本当でしょうか。それとも単にそういう相手としての女性に興味がないのでしょうか。例えば男性の方が好みとか基本的に性的な感情が無いとか」


 なかなか強烈な質問だなと思う。

 少なくとも夜中に中学1~2年生相当の女子からされるような質問じゃ無い。

 ただクロエちゃんが本気で質問している事はわかる。

 だから俺も嘘を言ったり誤魔化したりはしたくない。


「苦手というのは本当だ。この世界に来る前、実は結婚していたんだ。でも相手が今思うと見かけだけでどうしようもない奴でさ。だから今回はもう結婚とかはこりごりだ。意識していなくてもそういう思いが出てしまうんだろうと思う」

 細かい部分は省くが正直に答える。


「なら質問です。校長先生は副校長先生の事は個人として好意を持てる人間だと思えるでしょうか。それとも単なる仕事上の付き合いなのでしょうか」

 ちょっとこれは難しい質問だな。

 微妙に質問の中に選択肢が色々残っているような気がする。

 でもクロエちゃんが聞きたい事は何となく理解できた。

 だからその線に沿って、できる限り俺として嘘の無い回答を考える。


「確かに副校長先生は仕事上の相手として誰より有能だ。1年の5~6組辺りを担当させるには向かないかもしれないけれどさ。それでも知識は豊富だし熱心だし正直色々助けられている。副校長先生、いや今はイザベルと言おうか。イザベルがいなかったら俺が使徒として今までやってきた事の半分も実現しなかっだろうし。

 この学校だってイザベルと話したのがきっかけで設立したんだ。生命の神セドナ教団が学校を持てるくらい余裕が出来たのもイザベルと色々改革をしたおかげだしさ。教団内だけじゃない。この国の教育制度が変わったのも、南部で色々な特産物が出来ようとしているのもイザベルがいたおかげだ」


「それだけ、ですか。副校長先生は有能だから好意を持っている訳ですか」

「それだけじゃない」

 思わずそう言ってしまって、そして続く言葉に困る。

 どう言えば伝わるのだろうか。

 そう思って気づく。

 俺は何を伝えようとしているのだろうか。

 俺はイザベルをどう思っているのだろうか。

 イザベルは俺にとって何なんだろうかと。


 ちょっとの沈黙の後。

「私にとって副校長先生は、恩師であり理想であるとともにライバルなんです」

 クロエちゃんはそんな事を言う。

「きっかけのひとつは1年の遠足です。あの時校長先生が私達の班を担当してくれましたよね。おぼえていますか?」

「ああ」

 確かにおぼえている。

 女子とはこの年齢でも色々喋るものだなあと思ったおぼえもある。

 あの時はクロエちゃんもまだ数字すらあまり確かではなかったな。

 でもそれでも地図を読んだり知っている数少ない知識から値段の違いを考えたり、既にいまのようになるような片鱗はあったと思う。


「あの時、改めて文字や数字の大切さに気づいたんです。これらが表す事が出来る意味と、それによって表すことが出来る世界の広さに。単に文字や数値が辞書や教科書だけのものじゃなくて、世界の色々な事を表していることに。

 それでどうしても文字と数字をもっと勉強したくなって、エレナと一緒に副校長先生に直談判したんです。早朝か夕方の空いている時間でいいから文字や数字を教えて下さいって。

『結構厳しいかもしれないのですよ』、そう言って副校長先生は了解してくれました。夕方は仕事で残る場合もあるからという事で早朝に週に3回くらい、あと安息日の午前中、文字を一番最初から教え直してもらったんです」

 そんな事があったのか。

 俺は気づかなかった。

 でもそう言えばいつの間にかイザベルの周辺には常にクロエちゃんやエレナちゃんがいたような気がする。

 開発室にも出入りしていたし。


「確かに副校長先生の教え方は厳しかったです。でもぎりぎりついていける程度には加減してくれていたと思います。それとともに副校長先生が何をしようとしているのか、何を考えているのかも色々知ったんです。副校長先生は相手が遙かに格下の文字もまだ怪しい生徒であっても誤魔化さずに色々答えてくれましたから。その辺は校長先生と同じですね」

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