第20章 冬の終わりに

第109話 怪しげな実験器具

 3年生の受験は2月。

 この国の義務教育卒業相当生の受験日程は基本的に

  ○ 2月最初の安息日 国立中等学校

  ○ 2回目の安息日 領立中等学校

  ○ 3回目の安息日 職業訓練校

  ○ 4回目の安息日 補欠募集

という感じになっている。

 なお

 ○ 国立は国内3校の併願可能

 ○ 領立の中等学校や職業訓練校も同じ領立の学校は3校まで併願可能

という仕組みだ。

 無論一部にはこの日程や基本と異なる領地や私立の学校もあるけれど。

 つまり受験回数が少なくて済むが、1回失敗したら取り返しがつかない。

 そういう怖さがある。


 無論受験組だけではない。

 就職組も大変だ。

 就職先を見つけ、住居の契約をして、ある程度の家財道具を揃える必要がある。


 勿論全然大変ではない奴も存在する。

 例えば6組のマヌエル君なんてのはその筆頭だ。

 就職先は教団の色鉛筆工場。

 居住予定地は同じくラテラノ新街ニュータウンの単身寮。

 既に家財道具類も鋭意調達中らしい。

 主に6組の仲間内の制作物を集めてという感じだけれど。

 逆に就職組で就職先が決まっていても大変な生徒もいる。

 例えばグレタちゃんは卒業後はフロレントへ行く。

 親方の紹介で国内でも最高の技術を誇る有名工房へ入るそうだ。


 どのクラスも既に学習範囲は2学期の時点で終わっている。

 復習だの弱点補強だのといった勉強が中心だ。

 例えば1組は自分が特にやりたい勉強が無ければ、過去の試験に出された問題の類似問題を解いては解説するなんて授業の繰り返し。

 就職希望者ばかりの6組では伝票の書き方とか生活収支についてなんていう授業もやっている。

 そんなこんなで希望だの不安だのが入り交じっているのがこの時期の3年生だ。


 それでもあまりその辺を気にしていない生徒もいる。

 6組のマヌエル君やダリアちゃんのような今の仕事先と就職先が変わらないような連中以外でだ。

 例えばお馴染みイザベルの子分の3年生4人組。

 こいつらは余裕というか何というか……

 グレタちゃんに特注して怪しげな実験器具を作って貰ったり。

 イザベルの元で怪しげな施術の特訓をしていたり。

 確かにこいつら4人には試験の範囲内で教えることは既に無い。

 施術も治療と回復の初級は取得済みだ。

 でも受験を前に不安とかは無いのか。

 そう聞いたらこんな答が返ってきた。


「今までと同程度の問題なら解けない問題があるとは思えないもんね」

「そうですね。体調不良で受験できないって事も校長先生が使徒様である以上無いと思います」

「むしろ心配なのは向こうに入学してからだよね。家柄とか論外だしいじめられないかと不安で不安で」

「初級とはいえ身体強化に火、風、治療、回復の施術持ちのクロエをいじめられるほど凶悪な新入生がいるとは思えないです」

「あ、やっぱり。でも不安な事は不安だよ。ここみたいに疑問があると何でも作って試せる環境があるとは思えないし」

「だから今のうちにという事でグレタさんやダリアさんに実験器具を色々作って貰っています。最低でも高圧実験容器と耐熱耐薬品の容器は色々揃えておかないと」


 おいおいおい。

「国立の中等学校なら通常必要な実験道具類も揃っていると思うぞ」

「逆に言うとそれ以上のものは無いですよね。例えば高圧作成装置と低圧作成装置。グレタさん特注ですけれど、そんなの多分国立中等学校むこうにも無いと思います。

 おい待て。


「前に圧力鍋の話を聞いた時、高圧容器の話は聞いた気がするけれどな」

「あれの改良型です。手でハンドルを回して圧力をかけたり抜いたり出来るものを設計してお願いしていたんですが、この前やっと完成しました。最大15倍に空気を圧縮できる装置と最大10分の1まで空気を抜くことが出来る装置です。それ以上の圧力に耐えるものにすると重さが酷いことになったので、それで我慢しています」

 おいおい。


「そんなものまで作ったのか」

「色々な物を中に入れて変形させたり性質を見たり。色々面白いですよ。でもそういった装置を今後思いつきのまま作って貰えなくなるかと思うと……」

「だからそれまでに色々な物を作って貰っておく予定なんです」

「アウロラとクロエの作業手当はほぼ全額怪しい装置につぎ込まれているものね」

「でもエレナもほぼ本に費やしているじゃない」

「奨学金を貰えなければ多分生活できないな、私達」

「キアラだけですよね。貯金がある程度残っているの」

 おいおい大丈夫か。


 本来なら3年間でそれなりの金額が貯まっている筈だ。

 卒業後就職しても当座困らない程度の貯金は稼げるように作業手当を支給しているから。

 実際、普通の生徒は卒業後に家を借りたり家財道具を揃えたり出来る程度の貯金はあるのだ。

 在学中に服とか日用品とかたまに嗜好品を買ったりしても。

 学校発足時よりも作業手当額も増やしているしな。

 でもこいつらは景気よく知識と興味のために散財しているらしい。

 キアラちゃん1人を除いて。


 でもちょっと興味があるので聞いてみる。

「参考までにどんな実験装置なんかを特注したんだ?」

「高圧作成装置と低圧作成装置。据え置き型蝋燭バーナー、バーナー燃料蝋50本分、バーナー用三脚。蒸留用金属容器2セット、耐熱容器大10個、中30個、小30個。保冷保温箱、耐熱保温箱。こんなところかな」

「温度計測装置も試作したのですけれど上手く行かなかったです」

 錬金術でもやる気かよこいつら。

 なおこの世界には錬金術師はいない。

 現状認識などの術である程度の事実がわかってしまうから。


「わかった。まあほどほどにな」

「それでも何か欲しいものがあったら長期休みにでも注文に来ますから」

 おいお前ら。

「グレタも卒業するだろ」

「鍛冶場も陶器工場も顔パスです。作成した蒸留装置で安酒をすっきりしたきつい酒に出来るのを教えて以来」

 お前らなあ。

 俺の知らないところでやりたい放題やっていたようだ。

 まあイザベルの教育のせいもあるだろうけれどさ。


「一応考案した装置はスペアを副校長先生が持っています。というか半分は副校長先生と共同設計だったりしますけれど」

 やはりイザベルのせいか。

 後で実物を見せて貰おう。

 果たしてどんな物があるのやら。

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