第106話 闇の神教団の使徒

 その後2日間は何も起こらなかった。

 ただ現状認識で出来る警戒は最大限にして使用しておいた。

 今までの襲撃で諦めたとは俺には到底思えない。

 来るならおそらく最終日の今日だ。

 午後、最後の予定地であるリエティの街を出発。

 あとはラテラノまで直行だが、山越えになる。

 今まで以上にやばい地形だ。

 敵も既に通常の兵では対抗できない事はわかっているだろう。

 ならばどう出るか。

 対術部隊をあるだけ出すか。

 それなりの術師を集められるだけ集めるか。

 それとも……

 

 俺の現状認識が最上級の危険警報を発する。

 予想の範囲で最強最悪の敵が近づいている。

 術師としての気配は普通の教団の高位聖職者よりむしろ低い。

 でも信奉する神こそ違えど同じ使徒である俺にはわかる。

「ロベルト司祭補、停止だ。急いでUターンして引き返せ。イザベル、街までロベルト司祭補と馬車の護衛頼む」

「使徒様はどうなさるんですか」

「降りる」

「危険なのですよ」

「だからできる限り遠くへ逃げてくれ、急いで!」


 馬車の後から飛び降り、更に前方に向けて走る。

 少しでも馬車との距離を開けておきたい。

 前方の敵は単独。

 小型馬車を自ら御してこっちに向かっている。

 

 イザベルの奴、馬車を降りやがった。

 イザベルにはおそらくわかっていない。

 精々相手を高位聖職者か上級術師くらいに思っているだろう。

「イザベル、来るな!」


「使徒様単独では勝ち目はないのですよ」

 訂正。

 イザベルの奴、どんな相手か気づいていやがる。

「でも来るな。行け!」

 でもイザベルも引き下がらないだろう。

 だから目があった瞬間に強引に精神操作をかける。

 大分抵抗されたが本気になれば俺は生命の神セドナの使徒、生物に関する施術の頂点だ。

 術師として最強レベルであるイザベルでも抵抗出来ない。


「来るな、全速力でリエティに向かえ。教会についたら中で待機だ、いいな」

「わかったのです」

「では行け!」

 馬車を走らせる。  


 何とかイザベルと馬車が見えなくなった位だった。

『無効化施術!』

 馬車の方へ飛んでいった術を何とか無効化施術で消去する。

 術が重い。

 力を惜しんでは消せない位の重さだ。

 続けざまに飛んでくる術に無効化施術で対抗する。

 やばいと思いつつ力を抜くことも出来ない。


 視界に漆黒の馬車が現れた。

 俺が馬を停止させる前に男がひらりと御者台から飛び降りる。

 ぎりぎり目視できるか程度の距離。

 だが俺も奴も相手を感知出来るしお互いの術も通じる距離だ。

「予想外でしたね。最近話題の生命の神セドナの使徒が本物の使徒であったとは思いませんでしたよ」

 黒いチュニックに黒いマント、黒いバレット。

 俺の服装と色こそ違えどほぼ同じだ。

 

「こちらこそ。まさか闇の神アイバル教団なんてのが実在して、しかも使徒までいるとは思わなかったな」

 そう、奴は間違いなく闇の神アイバル教団の使徒。

 俺の現状認識がそう告げている。

 更に現状認識は告げている。

 勝ち目はない、逃げ出せとも。


「光ある処には闇もある。それこそが世の理です」

「闇なら太陽の下にでてくるもんじゃないな」

「まもなく黄昏時、闇を迎える時間です。残念ながら貴方の今までの活動は眩しすぎた。故に困る人が大勢出ています」

「動き出したこの国をもう止める事は出来ない」

 使徒としての力そのものは対等の筈だ。

 だが俺は今日も支部4件を回ってそれなりに力を消耗している。

 時間を稼いで少しでも回復しておきたい。


「どうでしょう。人は光に憧れると同時に闇の安寧も好むもの。貴方という異端者がいなければ今の潮流もじき途絶えるでしょう。

 さて、そろそろはじめるとしましょうか」

 奴はそう言ってマントの内側から小さな杖を取り出す。

「まずは小手調べから」

闇精霊魔術シェイド!』

光精霊施術ウィスパ!』

 相反する精霊が衝突して消滅する。

 俺自身としては初めて使う戦闘施術だ。

 基本的に治療回復メインで殺伐系施術は殺菌とか殺虫、殺ウィルスくらいだから。

 だが使徒として一応戦闘施術は使える。

 威力も他の使徒に対抗できるようだ。

 今のところは。


 なお施術と魔術は基本的には同じもの、教団によって呼び方が違うだけだ。

 生命の神セドナ教団では施術。

 勝利の神ナイケ教団では神技。

 商業の神マーセス教団なら御技。

 そして闇の神アイバル教団では魔術と呼ぶ。


「流石は使徒ですね。ならこれではどうでしょう。

闇大精霊魔術アンラ!』

光大精霊施術スプンタ!』

 大精霊どうしが対消滅する。

 術による戦闘なら力が尽きるまでは互角に戦えるようだ。

 だが問題はその後。

 奴も当然使徒だから現状認識は使える。

 だから気づいていない訳はない。


「やはり使徒同士の魔術戦は勝負がつかないようです。少し戦い方を変えてみましょうか。これもまた任務ですから決着はつけねばなりませんから」

「どこから下った任務だ」

「私の任務は私が決めます。使徒ですから。貴方と同じです。確かに私に貴方を倒して欲しいと願った依頼人は何人かいますけれどね。あくまでも決めるのは私。あとはそう、偉大なる闇の神アイバル様の御意思ですね」

 彼は腰から反りの強い片手剣を取り出し右手に所持。

 更に左手には刀身が太めの短剣を持つ。


「さて、禁忌に触れて体力が大幅に制限されている使徒様が何処まで持つか」

 奴め俺が体力半分状態なのをわかっていやがる。

 まあ使徒である以上現状認識でわかるのだろう。

 今の俺では施術だけで対抗するしかない。

「では参りますよ」

 奴の気配が動くと同時に俺は施術戦闘に出る。

風精霊施術シルファ!』

 

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