第19章 使徒様は休まらない

第104話 襲撃の気配

 受験を控えた生徒を置いていくのは心残りなのだが仕方無い。

 冬休みの巡行はそれなりに重要な行事なのだ。

 今年はミラン等、施術師が多い処はあえて省いて中小の支部や教会でも真に必要そうな処を選んで行程を組んである。

 どんな感じかというと、

「今回の巡行は毎日疲れるのですよ」

「巨大畑とかが無いだけマシだろ」

「移動がとにかくせわしないのですよ」

という感じ。

 大体1日に4~5箇所の教会を回る日程で組んである。

 つまりまあ、短時間で作業して代わりに何カ所も回るという形だ。


 本日はミラン支部から馬車と御者をお借りして西側へ向かい、途中の教会や支部に寄っていく。

 基本的には動かせる重病患者は体制の比較的マシな大都市や支部の施療院に送る。

 だから重病や重症患者は少ない。

 腰痛のように命には関わりにくいが慢性で困る状態の患者が主だ。

 畑や厩舎等も小規模なものが多い。

 でも次にいつ来れるかわからないので念入りに消毒等を行う。

 それを本日は4箇所で行った。

 施術的な力は大農場ほどは使わないけれど、肉体的にはかなりしんどい。

 ただやはり喜ばれるのでやり甲斐はある。


「でもまあ、今まで回らなかった処を回る意義もわかるのですよ」

「ああ。何年かに1度はやる方がいいんだろうな」

 そんな事を話ながら馬車はもうすぐ夕暮れという中、本日の最終目的地であるベローナへ向けて走る。


 俺の現状認識能力が警報を発した。

「イザベル!」

「わかっているのです」

 彼女も既に現状認識で感じているようだ。

 俺は御者をやってくれているアルマータ司祭補に声をかける。

「襲撃がありそうだ。出来るだけ周りが開けている場所で停めてくれ。急いで」

「えっ、襲撃ですか」

「ああ、間違いない」

 既に具体的な状況は把握済みだ。


 馬車を狙う盗賊は時折こういった場所に出没する。

 でも生命の神セドナ教団の馬車を襲う奴はまずいない。

 襲っても野菜とか信者くらいしか乗っていないし、御者は全員施術持ち。

 つまり襲っても見返りが少ないだけではない。

 間違いなく施術で反撃される。

 ハイリスクローリターンな訳だ。

 それをわざわざ襲ってくるとは。

 よほど窮乏している盗賊団なのか、それとも……


 馬車が停まった。

「イザベル、馬車と周りを守ってくれ。俺が出る」

「使徒様、危険です」

「心配いらないのですよ。使徒様は今日は力を大分残していらっしゃいますから」

 イザベルはよくわかっているようだ。

 俺は馬車の後から外に出る。

 周りは広大な麦畑だ。

 貴族の私領なのか付近に人家は無い。

 既に本日の作業が終わっているためか人気もない。

 だが、いるな。

 後方から馬車が1台、前方からも1台。


 この時間に普通走っている馬車はいない。

 アルマータ司祭補は施術で夜目がきく。

 しかし普通は明るいうちしか馬車は走らせないのだ。

 一般人は夜中に馬車を操れる視力は無い。

 そしてこの時間ではどの街にも明るいうちにはもう辿り着けない。

 つまり今来る馬車はどちらも普通の馬車ではない訳だ。


 更に生命の神セドナの使徒である俺ならこの距離からも馬車の乗員の表層思考を見ることが出来る。

 間違いない。

 彼らの標的は俺とイザベルだ。

 俺はともかくイザベルも標的というのが気にくわない。

 とっ捕まえてもいいが面倒だ。

 単に金で雇われた連中なら命令系統がわかる可能性は低い。

 ここは単純に眠らせるだけにしておこう。


 まず両方の馬車の馬にそれぞれ睡眠施術をかける。

 馬車が停まったところで前方の馬車の乗員にも全員睡眠施術。

 施術耐性を持つ敵はいないようだ。

 念の為現状認識できる範囲を更に広げる。

 感知できる範囲に敵はいない。

 もう問題は無いようだ。


「アルマータ司祭補すみません。対処は終わりました。このままベローナに向かって下さい。途中馬車が1台停まっていると思いますが無視して結構です」

「わかりました」

 アルマータ司祭補も何が起きたかはともかく、俺が施術を使った事は感知したのだろう。

 何も言わずに馬車を再び走らせはじめる。

「明日の帰りは襲撃を気にしなくても大丈夫です。敵の目的は私とイザベルのようですから」

「使徒様の行程がばれているようなのですよ」

「各教会や施療院の動きを見ていればそれくらいわかるさ。だから何処に敵がいるかの手がかりにはならない」


 敵と思われる馬車の横を通り過ぎる。

「あの馬車はそのままにしておいていいんですね」

「ええ」

 俺は頷く。

「街についたら衛視にでも連絡しておけばいいでしょう。この時間で馬が寝込んでしまっては動くことも出来ないでしょうから」

 野犬くらいには襲われるかもしれない。

 仮にも俺達を襲おうとした連中だ。

 本当は全滅してもあまり心は痛まない。

 ただ一応1人くらいは俺達と距離が離れた後、起こしてやる予定だ。

 その方が何が起きたか雇い主に伝わりやすいだろう。


 これで俺達への襲撃を諦めてくれるといいのだが。

 俺はそう思いつつ既に後方に消えつつある馬車を見る。

 そろそろ1人くらいは起こしてやるか。

 真っ暗になったら野犬が出るしな。

 暗くなり始めた中、俺達の馬車は走り続ける。

 

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