第100話 何処から出てきた圧力鍋

 先生方の勤務評定。

 種や芋のデータシート。

 色々出てくる決裁書類。

 試験対策の各種プリント類。

 結局そんな物に囲まれているうちに収穫祭を迎えてしまった。

 今回は

  ① 本部ドーム前で使徒として開催を宣言し、

  ② 学校で校長先生として挨拶した後、

やっと見回りと称したお祭り観察タイムに入る。


「今年も安心な方から行くのですよ」

という事で、イザベルと共に2・3年生5組、6組合同作品即売店へ。

 昨年以上に客も品物もごった返している。

 ふと見たら普通の色鉛筆よりやや小さめの鉛筆が12色入ったセットが正銅貨5枚500円で売っていた。

 これはなかなかお買い得だよな。

 どうせ出しているのはマニエル君あたりだろうけれど。


 他にも商品を見るだけで誰の作品か想像出来るものが結構ある。

「おっと、この鍋は結構新しいのです」

 何が新しいのだろうと見てみる。

 見てくれこそカラフルなホーロー鍋に比べて地味な鉄そのまま。

 でもこの時代の他の鍋にはない工夫がしてある。

  ① 蓋が隙間が無くきっちりしまりロックできるので開きにくい

  ② 僅かな隙間もコルクに似た木でパッキン状にしてあり密閉可能 

  ③ 錘付きの蒸気弁が2箇所あって一定以上の圧力まで蒸気を保持

 つまり圧力鍋だ。

 早く煮えて味が染みこみやすいと説明書きに記載されている。


「蒸気を普通以上に閉じ込める鍋なのですか。なかなか面白い工夫なのですよ」

 これはわかっている奴が作ったな。

 しかも製作技術もすごい。

 見事なまでに隙間無く、それでいて開け閉めはちゃんと可能。

 パッキン代わりの木の部分の組み合わせも見事だ。

 技術的にこんなのを作れるのは多分一人しかいない。

 だから近くの案内席でちょこんとしていたグレタちゃんに聞いてみる。


「この鍋を作ったのはグレタかな」

「そうです。でも鍋の構造については1組のアウロラさんです。こんなのが出来ないかと言われて作ってみたら思った以上に厨房等で好評でした。ですので家庭でも使えるような小型版を試しに作ってみたんです」

 なるほど、アウロラちゃんとのコラボ作か。

 アウロラはアレシア司教やマウラ司教補のいるカラバーラの孤児院出身。

 アレシア司教辺りからどんな知識を教えこまれているかわかったものじゃない。

 あの人は転生者以上に知識チートな人だからな。

 この前話し合って思い切り確認してしまったし。


「この鍋、早く煮えて味も染みこみやすいって本当ですか?」

 ちょうどお客さんが来たので代わりに俺が説明する。

「本当ですよ。例えばお肉の煮込み料理なんかに使うと普通の倍位の速さで柔らかくなりますね。ただ使用上の注意として、内部に水分を指二本分くらいの深さから鍋4分の1くらいまで入れておいたほうがいいです。そういう意味でも煮物向きですね。効果は間違いないです」

「ちょっと蓋が面倒ですね」

「その仕組みで内部の水蒸気を閉じ込めるんですよ」

 お客さんの中年女性、鍋をあちこちから観察する。

「ちょっと面白いし造りもいいから買おうかしら。ところで貴方は先生ですか?」

「ええ、ここの校長です」

「えっ、というと生命の神セドナの使徒様! でしたら間違いないですね。購入購入っと」

 売れてしまった。


「あ、使うなら説明書を書きますよ。イザベル紙とペン貸して」

「はいな、なのです」

 使用上の注意と使い方のヒントをささっと描いて渡す。

 圧力鍋だから安全上の注意はちゃんと書いておかないとな。

 そんな成り行きで新しい鍋が早々に売れてしまった。


「校長先生すみません。本当は私が説明する担当なのに」

「いいんだ。だいたいあの鍋は学校で教えている内容以上の知識を使って考えてあるようだしさ。何故あの鍋が効果があるのか、アウロラは説明してくれたかな」

「ええ、一応……でも水蒸気で圧力が上がるとか、中の水が沸騰する温度が変わるとかで……正直よくわからないです」

 うん、やっぱりアウロラ、学習範囲を遙かに超えて理解しているな。

 一方で制作者のグレタちゃんはあまり理解できていないと。


「あの鍋は固定できる蓋と隙間無く閉まる構造で、中の蒸気が上の弁の錘の重さより強くならないと蒸気が出ないようになっている。

 つまりあの鍋は

  ① 出ようとする蒸気を蓋で閉じ込める

  ② 水蒸気は弁の上の錘の重さより強い力を出さないと外に出られない

という構造な訳だ。

 そうすると、

  ③ 錘の重さより強い力を出すまで中の蒸気の力が貯まる

のはわかるよね」

 ①とかの部分はイザベルから奪ったメモ用紙に書いて、図も描いて説明。

 グレタちゃん、頷く。


「そして水には

  ④ 力がかかればかかるだけ高い温度で沸騰するようになる

という性質があるんだ。これはまだ学校でやっていない範囲の知識だけれどね。

 すると

  ⑤ 中の温度は普通に沸騰するよりも高くなる

  ⑥ 中の水蒸気の力も普通の場所よりつよくなる

訳だよね」

 グレタちゃん、再度頷く。


「とすると、

  ⑦ 高い温度だからその分中に入った具も変化しやすくなる

  ⑧ 力がかかった分だけ具の中にも汁だのが入っていく

訳なんだ。

 その辺の働きであの鍋は普通の鍋より早く煮物の具が柔らかく、味が染みこむようになるわけなんだ。

 この辺は学校ではやらないけれどね。だいたいわかったかな」


 グレタちゃん、頷く。

「だいたいわかりました。でも難しいですね、色々」

「まあその辺は義務教育や初等学校ではやらない範囲だからね。アウロラは出身の孤児院の院長やその上の人が物知りでさ。学校でもやらない範囲を色々教わっているから知っていたんだと思うよ」

 そう言ってからふと疑問が浮かぶ。


「ところで1組と6組ってあまり交流は無いと思うけれど、どこでアウロラとこんな話をしたのかな」

「前に陶器や鍋に色を付ける実習を校長先生がやりましたよね。あの時から色々話をするようになって。そうしたら夏前頃にこの鍋の原型になる概略図を描いてきて、『こういう鍋を作ると中が普通と違う状態になって早く調理が出来るような気がする。実験したいけれど私の力じゃ作る事が出来ない。だから協力して』と頼まれたんです。

 それで実際に作ってみて、私達で実験したけれど今一つよくわからなくて。それで試しに調理担当の人に使ってみてもらったら凄く評判が良くて、それで調理場用の大きさであの鍋を作って試して貰ったらやっぱり喜ばれたんです。今までより煮物が早く出来るし味も具材にしみているって。

 だから家庭用も作ってみようと思って試しに作ってみたのがあれです」

 なるほど、あの磁器絵付け&ホーロー鍋の会がきっかけだった訳か。

 それにしても調理場用の鍋が圧力鍋になっていたとは知らなかった。

 思わぬ繋がりが思わぬ物を生んだ訳か。

 こういうのも面白いよなと俺は思う。

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