第96話 紡績部門の現状

「虫の方は今、成虫が卵を産み付けている状態です。他の虫や鳥、蛇等を近づけないように建物の四方に魔法陣を張っています。作業も専任の施術師が管理しているので残念ながら立ち入りできません。

 ですのでご案内するのは糸を紡いだり布を織ったりしている場所になります」

「その方がありがたいのですよ」

「そう言えばイザベルは虫が苦手でしたね」

 そんな事を話しながら建物の中へ。


 入口でまだ若い女性がこちらに向けて一礼する。

「ここの専任施術師のバルバラです」

「初めまして。ここからは私が御説明致します」

 彼女の案内で工場部分へ。

 工場内を見た瞬間俺は思う。

 出たな女工哀史!

 いやここではもう少し違うのだろうけれど。

 機械を使って糸を繰っている女性がずらりと並んでいる。

 手動&足踏み式だし機械と言うより大型の道具という感じだけれども。

 作業員は30人くらいだろうか。


「ここで糸をとっているのですね」

「ええ。いくつかの繭から糸をとって、回転を加えて1本の糸にして巻き取っています。繭の最初の方と終わりの方とでは糸の太さが違いますし、繭そのものの個性もありますから何本を使うかはその時その時で担当者が判断しています。普通は概ね8個くらいの繭からとった糸を繰って1本にしています」

 なるほど。

 その辺は実際にやらないとわからない知識だな。


「中は涼しいのですね」

 そう言われれば建物の中が他より涼しい。

「糸をとるために茹でた繭は痛みやすいので、川から引いた水を常時流して温度が上がりにくくなるようにしています。茹でる場所も別棟にして極力熱がこもらないよう工夫しています。一応私が施術で殺菌しているのですが、それでもどうしても雑菌がどこからともなく繁殖しますので。繭を常に新鮮な涼しい水につけておくのが品質を保つためには一番効率がいい状態なのです。

 この辺の仕組みはアレシア顧問が考案したものです。この春から私が受け継ぎました。糸を紡ぐ道具類も同じです」

 出たな、アレシア司教。

 この辺の仕組みまで開発したのか。


「あと注意しているのは1人あたりの作業時間です。どうしても神経を使う仕事ですので、この作業は最大でも半日で交代してもらうようにしています。こちらと給繭担当、糸の仕上げ部門等を交代で回して1日8時間の勤務になるようにしています」

 よかった。

 女工哀史なんて事にはなっていなかったようだ。


「次は仕上げ部門と給繭部門になります」

 渡り廊下で別棟へ。

「こちらはちょっと暑いのですね」

「作業中は常に火を炊いていますから。こちらの作業は基本的に1時間交替です」

 なるほど。

 最初の部屋へ入る。

 むっとした蒸し暑さと虫の匂い。

 湯気を上げている釜と、その中に浸かっている籠。

 作業員2名が繭をより分けたり籠に入れたりしている。

「ここが給繭部門です。見た通り繭を茹でて糸を出しやすくする作業を行っています。この工場の工程では最も人気がない部門です。ですので1時間交代で他と回しています」

 確かに匂いと熱気が凄い。

 一応換気も考えている様で大きな窓がある。

 そのおかげで風通しがいいのが救いだろうか。


 一度廊下に出て別の部屋へ。

 今度は匂いはそれほどでもないが、熱気がやはり結構こもっている。

 ここの作業員は15名だ。

「仕上げ部門です。一度紡いだ糸を洗って余分なものを落とし、乾燥させて巻き直す作業です。基本的にこの道具を通せば洗って乾かして巻き直すようになっています」

 足踏み式の大型機械で、

  ① 糸をお湯に通し、

  ② 熱風で乾かして、

  ③ 冷やすためか長い空間を通った後に

  ④ 糸車に巻き直される

ようになっている。

 糸車部分は上下にゆっくり移動して均等に糸が巻けるようになっているようだ。

 なかなか凝った機械でよく出来ている。

「この機械も開発されたんですか」

「この辺の機械や工程は全てアレシア顧問から私が引き継いだ形です。少しずつ改良はしていますが基本的には全てアレシア顧問が考案したものになります」

 何でも屋だな、アレシア司教。

 流石イザベルの師匠、知識の化物だけある。


「ここで巻き直された糸は殺菌殺虫の施術をかけた倉庫に仕舞われます。その後織物になるのですが、現在はまだ製糸作業の最盛期ですので織る作業は秋の終わり以降になります。将来的には虫の数を増やし、熱乾燥処理した繭を冷蔵保存し、こちらの工場も大きくして1年中紡績全ての工程が行えるところを目指しています」

 なるほど。

 今のままでも既に名産品だが規模を大きくすれば一大産業になりそうだ

 しかも色々ノウハウがあって真似できない。

 しかしその辺はどうもアレシア司教が単独で色々開発したようだ。

 糸をとるという知識からどうやってここまでノウハウを積み上げたのだろう。

 それも1年弱という短期間で。

 書籍か何かに原典があったのだろうか。

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