第90話 出来れば勘弁して欲しい?

 弱った。

 返答に困っても無言でいる訳にもいかない。

 公式な答弁ならイザベルに事前に考えて貰うところだ。

 だが何せ今回はそんな時間の余裕も無いし問題そのものの性質もある。

 仕方無いので言葉を選びつつ、今の俺の気持ちに嘘にならないよう口を開く。


「イザベルには私が来て最初にはじめた教団改革、その頃から補佐として全ての作業を一緒に行って参りました。実際私は使徒とは言えこの世界の事はほとんど知りませんし伝手もありません。私が考え出した案もイザベルがいなければほぼ全てが案の段階で終わった事でしょう。教団の教本改定も、新規事業開拓も、学校も農家援助策もこの街も全部そうです。


 他の世界との違いを見てどうすればいいか案だけは考える事が出来る。でもそれを自分で実現する力を持っていない生命の神セドナの使徒、それが私です。実現するためにどのように案を変化させればいいか、何処に働きかければいいか、誰を動かせばいいか。その辺はほぼ全てイザベルが教えてくれ、また動いてくれました。


 簡単な例では虫除けの香や緑の布が正にそうです。この国の南北における経済格差を少しでも無くそう。そう思った時に意見を聞く為生徒を集めたのはイザベルです。

 その中から他の世界でも使われていて有望そうな案を選ぶ。更にその案に必要な知識を色々集めてまとめる。それだけは私がやりました。

 でも私はその案や、その案を実現するための知識を何処へ託したらいいかを知らない。イザベルがスリワラ伯爵令嬢に手紙を書いてくれなかったらこの案はそれで終わりだったでしょう。

 私が実現できたほぼ全ての事はイザベルがいたおかげです」


「でも使徒様は私の夢なのですよ」

 イザベルがそんな事を言う。

「私がかつて夢見てそして諦めた、皆が幸せになるためにはどうすればいいか。そんな誰もが一度は夢見て誰もが諦める青臭い夢。そんな夢に近づいていけると思わせてくれる私の夢なのです」

 おいちょっと待てイザベル。

 そんな恥ずかしい事を言わないでくれ。

 俺自身はそこまで大した存在じゃ無い。

 そう言いたいのだけれども……


「そういう訳だ。イザベルを宜しく頼む」

 そう言われるとどう答えればいいのだろう。

 だいたい結婚か何かの時の台詞だろうそれは。

 俺とイザベルはそういう関係じゃない。


 それに俺には多分結婚は無理だ。

 最近気づいたのだけれど、俺には誰かと性的な関係になりたいという欲が無い。

 開発室の時グロリアだのロレッタだのエヴェリーナだの綺麗どころに囲まれていたが、そういった感情をほとんど感じなかった。

 そう見られると不味いな等とは思ったけれども。

 あと昼寝等一時的な仮眠は別として、他の人が部屋にいると眠れない。

 この辺は多分前世の影響だと思う。

 体質というか深層心理的なものかはわからないけれど。

 これでは結婚なんてのは多分無理だ。

 その辺を正直に言った方がいいのだろうか。

 その辺あれやこれや考えて返答に困っていたところ。


「アンベール、焦り過ぎだ」

 スコラダ大司教からそんな救いの手が入った。

「こういう場合、大人は黙って見ておくものだ。まだ2人の関係は父親からそう言われて宜しくお願いしますと言える状態までは進んでいない。ましてや国王に直に娘をお願いするなんて言われたらどう感じるだろうか。今すぐにでも結婚式でもあげなければならない脅迫概念に曝される事になりかねないだろう」

 こういう場合、俺はどういう表情をしたらいいのだろう。

 間違っても『笑えばいい』とは思えない。


「それをスコラダに言われるのはなかなか皮肉な気もする。だが確かにそうだな」

 考えたら色々とんでもない台詞を言ってアンベール国王は再び俺の方を見る。

「そこまで重く考えなくていい。これからも宜しく頼む。それ位で」

「畏まりました」

 これからも、という事は今まで通りでいいという事だよな。

 それなら確約できる。


「さて、誠に名残惜しいがそろそろ失礼しよう。あまり長居しても迷惑だろうしアルマンドにも怒られる」

 そう言って国王、そして2人が立ち上がる。

「アルマンド卿の髪の毛があまり薄くなると申し訳無いのです」

「甘いなイザベル。既に奴はマルはげだ」

「新年にお見かけした際は少しは残っていたと思うのですよ」

「確か最後の一毛は5月に孫にむしられたと聞きましたな」

 歩きながらそんな雑談。

 どうも宮殿にもご苦労な人がいるようだ。


 馬車の前まで一緒に歩き、そこで見送る。

 なお今度はスコラダ大司教も見送る側だ。

 いつの間にか変装の施術を解いていやがる。

 施術が苦手という癖にこういう術は使える模様。

 相変わらず良くわからない人だ。


 馬車が去るのを見送ってから、大司教と受付の方へ歩いて戻る。

「それにしても今回は何処であの方と合流されたんですか」

 さすがに名前を出したり出来ないのであの方と呼ぶ。

「昨日夕方の便でアネイアへ行った。アレク、いやスリワラ伯が来ると数日前に聞いたからな。おそらくここに来るつもりだろうと思ってだ。案の定こっそり抜け出るつもりだったようだから関係各所にお忍びで出る旨連絡しておいた。アンベールはその辺根回しが下手だからな。だから今回も見えないだけで他にも護衛はついているし、ここにも一般人のふりをした護衛が何人か配置されている」

 何だよそれ!

 そんなの外部の宗教関係者がする仕事じゃないだろ。

 この国はいったいどういう体制なんだ!

 特にスコラダ大司教が絡むと色々訳がわからなくなる。


「深く考えない方がいいのですよ。ここの王家は概してそんなものなのです」

「警備官も王宮付きも顔見知りが多い。彼らにあまり苦労させたくない」

 何か色々疲れた日はこうして幕を閉じたのだった。

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