第88話 脱線しつつも興味深い話

 単身用住宅は基本的に家族用住宅を狭くしただけで設備はほぼ同じ。

 一戸建てのモデルハウスも部屋数が多いだけで似たようなものだ。

 だから説明は簡単に終了した。

 あとは各施設を案内しながらこの街全体に対する一般的な説明になる。


「この水は各家庭が自由に使っても量的には問題無いのかな」

「人口が10倍に増えるまでは問題無いと試算結果が出ているのです。それ以上になると水源をもうひとつ開発する必要が出てくると思うのです」

 10倍、つまり人口5千人ともなるとこの国では立派な街レベルだ。

 まさかそこまでいかないだろうとは思っている。

 でも水源を開発出来る場所はあと2箇所ある。

 そこさえおさえておけば大丈夫な筈だ。


「見事だな。これだけ立派な街なら住む方も安心だし快適だろう」

「ただ人が入ってくれない事には始まらないのですよ。ですので大々的に宣伝させていただいたのです」

「あの高級食器もここの工場で作る予定だよな」

「あれはいいものですな。今までにない形と白色で絵柄も上品で。うちの領地にもこのような特産物が欲しいところです」


「でもスリワラ領でも何やら新しい特産品を作っていると聞きましたぞ」

「実はここだけの話ですが、あれは元々娘経由でそこにいるイザベル様から材料や製法等をお聞きした物でして」

「それはどのような物なのですか」

「一つは使用すると小虫が近づかなくなる香です。寝る際に寝室等で炊いておくと蚊に刺されること無く安眠出来る優れ物です。

 もうひとつは軽くて柔らかい布になります。薄緑色で光沢があり美しい布地です。ただまだまだ出来る数が少ない故どうなるかわかりませぬが」


「その香は是非欲しいものです。蚊帳を使うと風通しが悪くて蒸し暑いですから」

「布の方も噂は聞きましたな。何でも昨年試作という事で流れたものが1織正金貨5枚250万円もの値がついたとか」

 なお1織とは長袖上下を作る際に使う布地の量を元にした布地の単位。

 この国では布は織単位で流通していて、1織の大きさは幅1.6m長さ4mだ。

「何故それを御存知で」

「実は最終的に購入したのがうちの第二夫人でしてな。下に着ると着心地が最高だがこの色艶が見えないのがもったいないと言っておりました故。

 しかし例の件で離宮へ行ってしまったが故、あの布地も以来見ておらぬ状況です。確かに触れてみた限り肌ざわりは最高で、そのくせ軽くて良い布だったのですが」

「それはなかなか勿体ないですな」

 何か色々話が広がっている。

 でも少なくとも蚊取り線香の方は順調な模様だ。


「しかしイザベル殿はどちらでそのような事を知ったのかな」

 あ、こっちに話が降ってきた。

 俺は取り敢えず知らんぷりをしてイザベルに任せる。

「香も布も元々は南部出身の生徒に聞いたものなのですよ。こういうものがあった、こんな事をやっていたと。それを使徒様が有用と感じて私に教えてくれたのです。私はただそれをアンナ殿に手紙としてしたためただけなのです」

 こらイザベルこの場で俺に話を振るんじゃない!

 なんて言いたいのだがもう手遅れだ。

 なので俺は取り敢えず『使徒様って何処の誰だろ?』的に誤魔化すことにする。


「使徒殿はこれらの知識を生命の神セドナから教えられたのかな」

 うん、バレていないとは思っていなかったけれど。

 仕方無いので真面目に答える。

「布や香、この街等は私が使徒となる以前にいた世界の知識を元にしています」

「それは生命の神セドナの命令や指示なのかな」

生命の神セドナは人が豊かに暮らすことを望んでいます。ですが神である故に人が何をもって満足し、何をもって豊かだと感じるかが理解出来ません。ですのでどのように活動するかは人であり人を知る使徒に任されている状態です」


「ふむ、司法神シャーマシュと同じだな」

 スコラダ大司教が反応する。

「どういう事ですか」

司法神シャーマシュも神であるが故に人の世界の真と偽を判断する事が出来ない。故に法の真偽員は自らの経験と知識をもって判断する。その判断に際して必要な事実や知識は御力によって得られるのだが、判断は人である真偽員が行うのだ。判断した上でその判断に嘘が無い事を司法神シャーマシュの御力で認証する事によって裁定が下されるのだが」

「神は神であるが故に人を理解出来ない、のですか」

「少なくとも司法神シャーマシュはそういう存在だ。生命の神セドナもそうだったとは知らなかったが」

 ふむ。

 大分本来の案内から脱線してしまったが、なかなか興味深い内容だ。

 この国の神のうち、少なくとも生命の神セドナ司法神シャーマシュは同じような次元の存在らしい。

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