第87話 お忍びの見学客

 駆け寄っても目立つのでそれとなく歩いて追いつく形にする。

 護衛の一人がこっちを警戒しかけたがイザベルの顔を見て警戒を解く。

 つまりこの護衛もイザベルを知っている訳だな。

 追いついてそのまま歩調をあわせる。

「このような場ですので歩きながら失礼致します。スリワラ伯爵、本日は遠い処をわざわざお出でいただき誠にありがとうございます。本日案内をしておりますイザベルとレンでございます。宜しくお願い致します」

「昨年貴重な知識を教えていただいたお礼を兼ねてまいりました。ただ本日は目立つと困りますのであくまで略式で。それにしても随分変わった街を作られましたな」


 太めのおっさんが俺は俺はと自己主張している。

 イザベルは彼をじろりと睨んだ。

「そちらは本来こんな処にいるべきではないので無視なのです。いくら安息日とは言えこの人数でこんな一般の場所に出てきてはまずいと思うのです。だいたいどうやって出てきたのですか。間違いなく警備は大騒ぎなのですよ」

「見た通りスリワラ伯爵の馬車でこっそり出てきた。一応本日の警備司令のアルマンドに行き先も言ってある。だから警備も大騒ぎにはなっとらん筈だ」

「大司教も同罪なのですよ。王族略取誘拐なのです」

「本人がたまたまついてきただけだ。司法神シャーマシュに誓って問題無い」

「大問題なのですよ」

 そう、太めのおっさんはアンベール現国王本人だ。


「いや、新しい私の直轄領だからな。やはり自分の目で確かめる必要があるだろう」

「だったら正規の視察をするべきなのですよ」

「予定がおしていてなかなか時間もとれなくてな」

「それも含めて手続きというものがあるのです」

 なんだかなと思う。

 出てきている台詞は文句ばかり。

 なのだけれど見ていると微妙に微笑ましかったりもする訳で。

 ただ何か起きては洒落にならない状況だ。

 なので俺も現状認識能力を普段以上に展開して警戒することにする。


「さて、それでは住宅の方から見せていただきましょう。今回は色々な提案があると聞いておりますので」

 スリワラ伯爵の言葉でとりあえず見学コースへ。

 まずは家族持ち用の集合住宅だ。

 でもその前に質問があった。


「この特徴的な塀は何なのかな」

 スリワラ伯爵からだ。

「こちらの塀の上部分は上水道管になっています。水源から飲用も出来る水をこの中を通して各家々や建物に供給しています」

「個人の家にも供給しているのかね」

「ええ。どの家でも炊事洗濯、掃除や風呂まで自由に水を使えます」

「それは水を汲みに行くという意味ではないのだね」

「ええ。これからそれを案内致します」

 なお説明は全てイザベルだ。

 俺はイザベルの従者よろしく付き添っている感じ。


 そんな訳で集合住宅に到着。

 パンフレットを3人分貰って渡し、中へと案内する。

 一応用心のために一般の見学客とは取り敢えず別の部屋を案内。

「他の一般の方が見学しているのと部屋は違いますが同じ間取りになっています。一般従業員用の部屋ですので狭いのですがどうぞご覧下さい」

 1階はトイレ、風呂&洗面所、リビングダイニングになっている。

「こちらはトイレです。使用後は水で汚物を流す仕組みになっています。ですので基本的に清潔で匂いも残りません。浄化装置の関係もあるのである程度の量の水で流す必要もあるのです」

 トイレの浄化槽は微生物を使って汚物を分解して浄化、更に礫や砂の層で漉した後排水へ流す仕組みになっている。

 無論完全メンテナンスフリーではないが、20年に一度使用停止して中を完全に乾燥させ内容物を焼却処理すれば半永久的に使えるとの計算だ。

 そのメンテナンスにかかる時間は施術を使えば半日程度。

 この辺は俺、イザベル、その他教団の生物系施術持ちの皆さん苦心の作。

 それで寄生虫だの疫病だのを防げるなら安いものだ。


「水を流すときはどうすればいいのだ?」

「ここのレバーを軽く上に一度上げれば水が流れるのです」

 既に実用状態になっているのでイザベルが上げて実演する。

 水タンク内に溜められた水が流れ出た後、自動的に止まった。

 この辺は現代日本の水洗トイレと一緒だ。

 真似したとも言う。

「ほう、なかなか便利ですな」

「水で流して匂いが残らないとは宮殿のトイレ以上だな」

 こらこらおっさん、周りに正体がバレるぞ。


「さて、次は洗面所と風呂なのです」

 各水道はネジ式の栓で水を止めるようになっている。

 緩めると風呂の浴槽に勢いよく水が流れはじめた。

「ここに水を貯めて外から炊いてやるとここの水が沸いてお湯になります。浴槽としては小さいですが家庭用と考えれば問題ないのです」

「なるほど。家の中で自由に水を出せてお湯にも浸かれる訳か」

「風呂に浸かった残り湯は洗濯をするのに使ってもいいのです。お湯で洗えば水よりも汚れが落ちやすいのです」


 更に今度はダイニング部分を案内。

「ここの深い洗い場は洗濯にも使えるのです。無論食器や鍋釜を洗うのに使っても良いのです。なおここの水は谷から引いているのでそのまま飲んでも問題ない水質なのです」

「風呂部分やここの炊事釜部分は火災防止のため煉瓦構造なのです」

 だんだんイザベルの口調がいつもに近づいてくる。

 本人は気づいていないと思うけれど。

 更に2階に2室ある寝室まで案内すればこの家族住宅の説明は終わりだ。


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