第84話 画期的な街
「ううむ、確かにこの方式は便利なのです。無論お金はかかるのです。でもこの便利さを知ると水くみの必要がある生活に戻れないかもしれないのです」
一般的な家は中に水が引き込まれているなんて事はないからな。
「これで上流でだれかが水を使って汚染されたなんて事もなくなります。家の中で自由に水が使えるから掃除なんかも徹底的に出来ますし。風呂だってその気になれば各家庭で使えます。だから衛生的だし流行病も水源を共有するより遙かに起こりにくいでしょう」
「水道管が道路を越えるような場所はどうするんですか?」
「こんな感じでU字の管を埋め込みます」
別の紙にささっと図を描く。
「これを埋めておけば道路を越えるのも簡単でしょう」
「素焼きのパイプが大量に必要になりますね。あとメンテナンスの手間も」
「一時的にはそうでしょう。その辺は管の型を作って量産して、臨時に登り窯か何かを作って焼く必要があるかもしれません。でも今の教団の陶工関係者なら熱の施術を使えますから補修等は簡単に出来ると思いますよ」
話しているうちに新たな街の姿が見えてきた。
水源は2箇所、それぞれ堰堤を作り小さなため池状態にする。
そこから素焼きの水道管を伸ばして住宅地、商店街、役場や公共施設、新工場へと水を流す。
排水溝は同じように住宅地から新工場付近まで伸ばし、最後は水質改善用の貯水池に流す。
水道管は基本的に身長よりやや低い程度の高い場所を通し、道路を越えるときだけ下に潜らせる。
そういった道路に潜らせる場所が極力少なくなるよう細長い区画で区画整理。
よし、ほぼイメージは出来たぞ。
「それじゃイザベル。まず俺が原案を描く。その後に色々改善や改良、やり直すべき場所を指摘してくれ」
元の地図の上に軽く糊で薄い紙を貼って、俺はイメージを図に落としていく。
まずは200世帯500人居住の住宅地。
しかも最初は社宅みたいなものだから団地のような集合住宅だ。
でも生活水準はこの国のトップクラスを目指そう。
平屋で10世帯1棟で1区画2LDK相当の家族用集合住宅を10棟。
同じく平屋、20世帯1棟で1区画広めのワンルームの集合住宅を10棟。
いずれもトイレ風呂付きだ。
食品や日用品を販売するマーケットが大きめの建物で2棟。
あとは工場用地もだ。
また人が増えればどんどん市街地を伸ばせるようにしておく。
水源の貯水池2箇所を一番高い場所、排水処理の為のため池を一番低い場所に描けば完成だ。
建物が増える事を見越してため池は思い切って遠目に描いた。
さあイザベルの判定は。
「なかなかいい感じなのです。でも出来れば2ブロックに1箇所広場を設けるともっといい感じになるとおもうのです。街のアクセントにもなるのですよ」
なるほど。
「この最下流の池はもう少し大きくして、更に緑を使って保養施設のようにしてもいいと思いますね。池は魚等も入れて。大きい方が生物を使った汚水処理能力も高くなるでしょうし」
これはジータ司祭補の意見。
公園も兼ねる訳か、なるほどな。
更に運動場だの色々な要望を入れて、『俺達の理想の街、その1』案が完成。
かなりの部分地形をそのまま利用しているから造成の手間とかはかからない筈だ。
費用上一番のネックは上下水整備の費用だろう。
でもこの街の有用性はソーフィア大司教にもわかる筈だ。
さて、満額回答を貰えるかな。
◇◇◇
「これは……予想以上に今までと違う街ですね。画期的というか何というか……」
一読した後のソーフィア大司教の感想である。
ソーフィア大司教に提出したのはあの図面だけでは無い。
上水用水道管の図面や取水堰の概略、取水口の構造。
集合住宅における1区画の間取り見本。
家庭用の風呂釜の設計図。
トイレ等用の処理槽の構造。
必要と判断したものは全て記載した資料が全て入っている。
「確かにこれですと生活が画期的なほど変わりますね」
「これを標準的な暮らしにするんです。清潔で文化的な暮らしを当たり前にする為には
半分位は本気だ。
いやもう少し上かな。
都市部の生活環境、特に衛生環境はほんとに悪い。
道路端に汚物を含んだ汚水が貯まっていたりもする。
また風呂は元々各家には無くて公衆浴場が街中にある感じだが、俺的にはあまり衛生的では無く感じる。
あと水くみの作業が家事の負担として非常に大きい。
洗濯も水場まで行かず自宅でやれれば大分楽だろう。
その辺の色々を踏まえたのがこの案だ。
「コストは通常の約6割増しになると記載してありますが」
「教団だからこそ6割増しで済むんです。一見目新しく見えますがどれもここ教団本部の施設で生産可能なものばかりです。単価の高い金属材料は最小限に抑え、極力量産出来る同規格の物で揃えるようにしています。特に今回新たに取り入れる水回り関係は全国に普及させる際のモデルケースにもなるよう考えました」
例えば上水道の仕組みと器財。
地中に水道管を埋める形式では無いのである程度は既存の街にも設置出来る。
強いて言えば水道管が陶製なので耐震性に欠けるのが欠点だ。
費用の関係で金属管を使えないのがちょっと痛い。
水道管を支える木製や煉瓦製の器具等である程度何とかするように設計してはあるけれど。
それにこの国は日本のように地震が多い訳でも無いしな。
「わかりました。ただここまで革新的ですと私の一存で決める訳にもいきません。費用等をこちらで再計算した後、最高幹部会議にかける事になります。宜しいでしょうか」
「宜しくお願いします」
最高幹部会議とは言うが、実質はソーフィア大司教とスコラダ大司教を納得させればいいだけだ。
よし、これで庶民の住環境を向上させる第一歩が踏み出せるぞ。
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