第73話 現場の教会長に聞いてみた
初級治療・回復以外に割の良さそうな学生向けアルバイトは無いだろうか。
それも夕方から夜にかけて働けるもので。
結局その夜は俺もイザベルもいい案が浮かばなかった。
「明日以降また考えてみるのですよ」
という事でその晩はお開きにする。
翌日は教会での説教と施術院の視察。
ただここの教会長は昨年と同様アベラルド司教補。
教団屈指の施術師である。
そんな訳で俺が面倒をみなければならない患者はほとんどいない。
なので視察はあっさり終わってしまう。
こういう場所は滅多にないので久しぶりにのんびりさせてもらおう。
「それにしても使徒様の視力は未だそのままですか」
「不便を感じる事も少ないので問題は無いですけれどね」
アベラルド司教捕とそんな雑談をしている最中、昨夜の話を思い出した。
なのでつい口に出してみる。
「ところでミラン支部の学校も再来年卒業生がでますよね。その卒業後の事について少し考えていたのですけれど」
そんな感じで昨晩考えた事を話してみた。
アベラルド司教捕は少し考えてから、小さく頷いてそれから口を開く。
「使徒様の考えている事はもっともだと思います。確かにそのまま就職させるのは勿体ない生徒も多いでしょう。ですが私自身はそれほど心配する事は無いと思います。300名近くのアルバイト先が確保されているなら充分でしょう」
何故だろう。
俺はアベラルド司教捕の次の台詞を待つ。
「王立中等学校に行く生徒は奨学金が出るから問題ないでしょう。ですから問題になるのは王立以外の中等学校に進学する生徒と職業訓練校へ進学する生徒です。
地方の教会や支部なんてところは大体事務仕事が色々あって書類だの簡単な会計処理だのに苦労しています。その辺の手伝いをしてもらえる生徒がいるなら教会も大助かりでしょう。毎日3人くらい夕方からでも来てくれればその分教会担当も教学や相談業務等に力を入れる事が出来る筈です。
更に孤児院に住み込みで働くという事も考えられます。孤児院は現在は国の施設ですがほとんどの処で手が足りていないのが実情です。そこに年長の初級治療や回復施術を持った学生がいればどんなにか心強いと思いますよ。
給与は大した額は出せませんが生活関連については一通り賄う事が可能です。それくらいの支出決定権は各孤児院の長にありますし、その辺は実際教団関係者が多いですから何とかなるでしょう。孤児10人に1人くらいは充分雇う事が出来る筈です」
流石現場の教会長。
案がすらすらと出てくる。
「それに職業訓練校は2年制ですが後半の1年は提携先での実習がカリキュラムの過半です。これには相応の給与が出ます。ですから訓練校の2年生は他で働く必要は無いでしょう。むしろ実習で疲れて他で働くなんて出来ないのが実情です。
更に言うと文字が読み書き出来て計算も一通りできる生徒なら街でもそれなりにアルバイトはあります。どこの商店も一日の収支計算や伝票作業は店が閉まった後に行うものですから。その辺はある程度学校でまとめてアルバイトとして紹介してくれたりもします」
なるほど。
俺とかイザベルはその辺の事情をよく分かっていなかった模様だ。
「なら特に心配はいらないと思っていいですね」
「ええ。私はそう思います。
ただ生徒に初級の治療回復施術を身につけさせるのは賛成です。初級なら朝夕の1時間を使うとか夏休みに特別講義でも行うとかすれば習得は可能な筈です。将来的にも色々役立つと思いますし、これは是非お願いしたいところです」
なるほど。
「あと追加意見で言えば、施術院の手伝いと孤児院の住み込み手伝い、これは是非お願いしたい処です。ここの施術院もかなり患者が増えて私まで現場に駆り出されるような状態ですから。初級施術を使える助手が夕方からでも来てくれれば大助かりです。それに仕事の都合上昼間は来れない患者さんなんかもいますから」
いや、それはアベラルド司教補の腕を考えると仕方ないだろうと思う。
どう考えてもここで一番の施術師だし。
まあ非常に参考になったのは間違いない。
ここまで案がまとまればやる事はひとつ。
「イザベル、稟議書を3通頼む。ソーフィア大司教とオルレナ大司教、スコラダ大司教宛てだ」
「了解なのです。それではこの場をお借りしてさっそく書くのですよ」
「それではアベラルド司教捕、今の意見をそのまま大司教方にあげさせて頂きます。本当にありがとうございました」
そう言ったら何故かアベラルド司教捕が慌てだす。
「すみません。使徒様とイザベル司教捕には申し訳ないのですが、出来れば私の名前は出さないで欲しいのです」
???
何故だろう。
「正直本部の方へあまり名前を出したくないのです。私自身は出来れば馴染みのあるこのミランでこのままやっていきたいと思っています」
それ以上は言わなかったがだいたいわかる。
以前ソーフィア大司教との話でも出て来た通り、アベラルド大司教は教団屈指の施術師だ。
本部、特にオルレナ大司教あたりからの引き合いもかなりあっておかしくない。
だからこそ少しでも目立たずやっていきたいという訳だろう。
「わかりました。それでは心苦しいですがアベラルド司教捕の名前は出さずにこれらの提案をあげたいと思います」
「よろしくお願いします」
アベラルド司教捕は小さく頭を下げた。
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