第64話 取りあえず今秋は

「なかなか孤児院も救護院もいい感じで運営していたのですよ」

 そんな話をイザベルとしながら隣の教団農場へ。

 本当は明日に来て作業をする予定だったが、孤児院でも救護院でも俺の施術をあまり使わなかったので力の余裕がある。

 だから今日できる分はやっておこうと思ったのだ。


 なおここの孤児院も救護院も運営の問題は無いらしい。

 費用も国が出すものに加え、領主が結構出してくれているとのこと。

 どうやらここは領主に恵まれている模様。

 その辺は教会なんかの様子を見ても明らかだ。

 俺も安心できる。


 なお俺がこっそり孤児院の子供から聴取したところ、

『確かに勉強時間は毎日あるがそこまで厳しくはない。作業も掃除と食事当番程度でそれほど辛くはない。むしろ農家の子供達の方が大変な気がする』

という返答だった。

 どうやら思考統制まで色々行き届いているようだ。

 疑問を挟むでも無くこれが当然だと教育されているのだろう。

 そんな事を思うのは俺の邪推だろうか。

 きっと邪推なんだろうけれどさ。

 勉強嫌いだった過去の俺から見ると驚異的に見えるのだ。


 さて、ここの農場は人員の割にはそこそこ広い。

 それに昨年から小規模農家救護策用の育種もやっている。

 そんな訳で早速作業に当たる。

 ジャガイモの1回目収穫が終わり今植わっているのは小麦の後のジャガイモ2回目とテンサイ、大豆といったところ。

 このうちジャガイモと大豆は耐性品種だ。

 テンサイは何故かジャガイモに有害なセンチュウで同様の被害をうける。

 だから救護策適用の農家で育てるのは耐性品種でセンチュウが減った来年から。

 その種用のテンサイだ。

 砂糖工場も南部に新しく設けた方がいいかもしれないな。

 来年からは大量に育てられることだし。

 テンサイから砂糖を取ったカスを活用するため家畜も増やす事になるだろう。

 念の為聞いてみると既にそれらの計画はあるとの事。

 どちらも来年早々からの予定だそうだ。


 毎度おなじみ殺菌殺虫魔法を連発して農地の半分を処理した。

 明日に残りをやる予定で教会へと歩いて戻る。

「この辺も来年には変わりそうだよな」

 イザベルは頷く。

「この国全体が少しずつ変わっているのですよ。アンナや私が昔思い描いていた方向に。でも実際変わるとは思わなかった方向に」

 ???

 何かいつもと口調が違う。


「アンナと久しぶりに会って思いだしたのです。以前の私は色々諦めていたのです。金持ちと貧乏人のどうしようもない格差とその再生産。変えようと思ってもその方法も何もわからなかったのです。だから私は知識の世界に逃げたのです。

 教団に入った当初はそれでも少し期待したのですが、所詮無理だと悟ったのです。例え王家の一族に産まれても個人では出来る事は限られているのです。ましてこの世界の常識に浸かった私には何も出来ないし何も思い浮かばなかったのです。

 なのに使徒様はあっさりと変化させて見せてくれたのです」


 えっ?

「実際に救護院や孤児院を国の施設にして、教育を国負担で全員にするようにしたのは国王とスコラダ大司教だろ」

「たとえ国王陛下やスコラダ大司教達が動かなくても恐らく数年後から十数年後には同じような事になっていたと思うのです。あの改革はその時期を早めたのに過ぎないのです。どういう方向を目指すべきか、実際に動いて形を示したのは間違いなく使徒様なのです」

 イザベルはそこで一息つき、更に続ける。


「教団改革の頃は気づかなかったのです。でも施療院を新設したりジャガイモの選別をしたりした頃何となく気づいたのです。使徒様ならこの国を変えられる可能性があると。そして学校の話を聞いた時、確信したのです。この人は間違いなくこの国を良い方へと変えてくれる使徒なんだと」


 ちょっと待ってくれ。

「言っておくが俺はそんなに大層な奴じゃないぞ。何せ未だに説教原稿や稟議書なんかは全部イザベル任せだしさ。学校の計画だってイザベルと立てたんだし」

「思いつけたのは使徒様がいてくれたおかげなのです。私一人では何も出来ないのですよ。せいぜい図書館で自分一人の知の世界を広げるのが精一杯だったのです」


「でも俺の案のほとんどはイザベルがいないと実現しなかったと思うぞ。実現できるように案の形を作って教団内や時には教団外にも色々働きかけて実現させたのは結局イザベルだ」

 実際そうなのだ。

 俺は自分自身がどれだけイザベルに助けられたかよく知っている。

 全部は気づかないほどだという事も知っている。

 俺自身は他の世界の知識が少しあって施術が人より多めに使える只の人間だ。

 イザベルのように努力して知識や施術を身につけた訳でもない。

 今までの事もイザベルほど色々な事を考えてやっていた訳でもない。

 イザベルこいつの方がよっぽど人間として上出来だし努力も苦労もしている。


 でも、だ。

「もしイザベルが今言ってくれたように思ってくれるなら。それなら今後とも色々頼むぞ。何せ俺一人では何一つ実現できない自信があるからな」

「そんな自信はない方がいいのですよ」

 おいおいイザベル、そこだけいつもの調子で指摘しないでくれ。

「でも事実は事実さ。イザベルと、それと教団の全面的な協力がなければ俺なんて何も出来ないも同然だからな。

 それに学校も農家救済制度もまだ始めたばかりだ。南部の産業振興策もまだうまくいくかわからないしさ。

 だから当分はイザベル、補佐宜しく頼むぞ」


 ちょっとの間。

 そして。

「わかったのですよ。それではこれからもよろしくなのです」

 返事が返ってきたついでにちょっと冗談も付け加える。

「取りあえず今秋は種の選別とかジャガイモの選別とかもよろしくな」

「あれはもう勘弁して欲しいのですよ」

 うん、それでいい。

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