第63話 イザベルの知人
この孤児院の建物も明らかに教団っぽい造り。
同一規格の丸太を組み合わせた大型のログハウス、本部でもよくみる造りだ。
「失礼します」
そう言って俺達が入ったところで。
イザベルがびくっと一瞬足を止めた。
そしてニヤリと笑う。
「まさか領主様のお嬢様がいらしているとは思わなかったのですよ」
「まもなくいらっしゃると承りました。ですのでここでお待ちしていたのですわ」
2人並んで出迎えた女性のうち若い方が領主の娘でイザベルの知り合いらしい。
「それにしてもイザベル様、気のせいか少しだけ成長していませんか。確か絶対成長しない呪いにかかっていた筈ですけれど」
「諸般の事情で半年前に呪いが消えてしまったのですよ」
その辺まで知っている間柄なのか。
そして気づく。
蚊取り線香とヤママユガの産業化を伝えた相手はおそらくこの娘だ。
取りあえず案内されて来客用らしいテーブルにつく。
「さて、改めて自己紹介させて頂きましょうか。私はアンナ・サンドラ・カラビネ・スリワラ。現スリワラ伯爵の娘です。イザベル様とは中等学校で同級生でしたわ」
「私はこの孤児院の院長を務めておりますマウラ司教補と申します。使徒レン様、イザベル様、お出でいただきありがとうございます」
「
「全員ご存じのイザベルなのですよ。以降は敬称禁止なのです。今では私が一番下っ端なのです」
全員と言う事はマウラ司教補とも知り合いという訳か。
そう思った俺の心を読んだかのようにイザベルが説明する。
「マウラ司教補も教学部時代の先輩なのですよ。教団関連の知識をみっちりたたき込まれたのです」
「他の人はともかくイザベルにはその辺を叩き込んだ記憶は無いですね。勝手に教本を読んで全部憶えていたように憶えています」
なるほど。
イザベルならきっとそうだろうな。
「マウラ司教補が院長をやっていて横にアレシア司教がいるのなら何も心配は無いのですよ。ただ勉強が嫌いで逃げ出す孤児がいない事を祈る程度なのです」
「それは問題無いでしょう。ここの孤児は逃げた後の生活の困難さとここでの勉強や生活の厳しさを秤にかけて正しく判断できる子ばかりですから」
何か微妙にここの孤児が気の毒になったのは俺だけだろうか。
「アウロラが大分イザベルの世話になっているようですね。手紙が来ました。とっておきの質問をいくつかぶつけてみたけれど全部説明されてしまったって」
「アウロラはまだまだ甘いのですよ。ただ校長先生こと使徒様の解説がまた別世界的ながら納得のいく説明で色々面白いのです。あれは一度まとめてみる価値があると思うのですよ」
「珍しいですね。イザベルにそこまで言わせるなんて」
「いえ、私の知識は所詮他の世界で他の人が唱えた話をある程度知っているというだけのものです。自分で研究した訳ではなく単なる受け売りですから」
「でもその知識を活用できるというのもまた才能だと思います」
そう言ってアンナさんが横から何か箱を取り出す。
「イザベルから伺った提案を取りあえず試作してみました。領内での評判は上々ですので来年から本格的な生産に入る予定です」
入っていたのは2種類の品。
ひとつは蚊取り線香だ。
前世のものと比べると色が黄土色で、渦巻き部分が太く、直径が少し大きめ。
でも独特な匂いはほとんど同じだ。
そしてもう一つは浅緑色の布地。
ふんわりしていてそれでいて光沢がある、今までにない布地だ。
「もう出来たのですか。思った以上に早かったのです」
「この虫避け煙の方はちょうど花が咲くシーズンでしたので。花を摘んですぐ試作品を作らせました。教えて頂いた通りの効果が確認されたので当座出来る範囲で材料を集め、現在は領内で試験販売中です。これで夜暑苦しい蚊帳に入らないで済むと好評で、来年には更に大々的に造って領外にも出す予定です。
こちらの布は材料になる虫が繭を作り始める時期でしたので、繭をできる限り集めました。現在は繭から出た成虫が枝に卵を産み付けたりしている状態と聞いております。糸や布がどのような物になるか、集めた繭の9割を使って試作したうちのひとつがこの布です」
「ふわふわで綺麗なのですよ」
確かにイザベルの言うとおり、光沢が綺麗で手触りがいい。
ちょっと厚みもあるが軽くて肌に優しい感じだ。
「糸と布の質は最高です。ただ染色が少し難しいと職人の方から入っております。来年は取りあえず浅緑色と黄色を中心に出荷して様子をみようというところです」
なるほど。
「まさかこんなに早く対応されるとは思いませんでした。あれだけの説明でかなり不足もあったことかと思います。ここまで形にするのは大変でしたでしょう」
「いえ、私共の方でも産業の活性化は長年の課題でしたから。ここまで有望なものを教えて頂き大変ありがとうございました」
こうやって知識を活用してくれると色々嬉しい。
これで国内の経済南北格差も少しだけ縮まればいいのだけれども。
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