第59話 虫を集めよう

 この国で主流になっている筆記用具はつけペンである。

 インク壺にペン先を浸して、ある程度インクを吸い上げたら書くという奴だ。

 だがこのつけペン、寿命が割と短い上にインクが切れたりにじみやすかったり色々使い勝手が悪い。

 なので学校では基本的にフェルトペンを使っている。

 これはインクを詰めさえすればそこそこ長い時間使えるし便利だ。

 でもインクで濡れたフェルトを紙の上で滑らせるあの感触が俺は好きでは無い。

 もっといい筆記用具は無いものか。

 ボールペンは技術水準を考えると無理がある。

 筆なんてつけペン以上に使いにくい。


 鉛筆があればいいのだけれど黒鉛が手に入らない。

 現状把握能力で確認する限り黒鉛が出そうな鉱山はこの付近には無いようだ。

 かといって黒鉛を自作するには3,000度位の熱が必要。

 施術で作れないことも無いだろうけれど非常に効率が悪そうだ。

 だから鉛筆を造る事は諦めていた。

 ある日の夕方とある害虫を見るまでは。


 それは地球でカイガラムシと呼ばれるものと同種の小さな害虫だ。

 こいつらは背中とか体表に分泌した蝋をくっつけている。

 俺がたまたま見かけたカイガラムシも白い蝋を背中一面に大きくくっつけていた。

 そこで思いついたのだ。

 この蝋を使えば色鉛筆の芯的なものが作れないだろうかと。


 そんな訳で現状認識能力を使いながらカイガラムシを採取する。

 顔料は取りあえず細かく砕いた炭でいいか。

 乳鉢で炭をこれ以上無いくらい細かくすりすりして粉々にする。

 蝋はカイガラムシを加熱すれば簡単に取れる。

 これを混ぜ混ぜして固めるとどうだ!

 残念、ちょっと固めのクレヨン程度でしかない。

 植物樹脂を加えてちょい固めてみる。

 残念、書き味がちょっと悪い。

 なら蝋石を粉々にして混ぜて……どうだ!

 やっとある程度満足のいく芯の堅さになった。

 ちなみに簡単に書いたがここまでの工夫にまるまる1週間かかっている。

 何せ学校が終わった後の自由時間で作業しているから。

 でもこの筆記具が出来れば生徒達ももっと勉強に集中できると思うのだ。

 今の筆記具は俺から見ても使いにくい。


 ここからは簡単だ。

 木で鉛筆の本体を作って芯を挟んでやればいい。

 使徒になったせいか俺は前世の数倍器用なので1本だけなら簡単。

 木を切って削って樹脂で張り付けて試作品を作る。

 うん、これはなかなかいい感じ。

 書き心地もフェルトペンよりよっぽどいい。

 これは木工所に依頼して量産して貰おう。

 材料さえ揃えばそれほど難しい作業ではない筈だ。

 そして材料のほとんどは木工所と隣の鍛冶場にあるもので足りる。

 足りないのは蝋を取るためのカイガラムシだけ。

 つまりカイガラムシを集めた上で木工所に依頼すればいい。


 さて、俺一人ではカイガラムシを集めるのにも限度がある。

 例え現状認識能力で何処にいるかがわかってもだ。

 出来れば学校の生徒全員が使えるくらいの量を確保したい。

 それには相当な量が必要だ。

 ただ俺には補佐として優秀な副校長先生がいる。

 彼女は限定的ながら現状認識能力を使うことも出来る。

 ならば彼女に頼むべきだろう。

 例え彼女が虫嫌いであったとしても。


 そんな訳で朝の授業が無い時間に頼んでみる。

「イザベル副校長。なかなか使いやすい筆記用具が出来そうなんだが手伝ってくれないか」

「それは面白そうなのですよ」

 何も知らずにのってきた。

「作ろうと思うのはこれだ。1本だけ試作してみた」

「どれどれなのです」

 試作品1号を渡して試してもらう。

「うん、なかなか使いやすいのです。初心者にはちょうどいいかもしれないのです。ところでここが減ったらどうするのですか」

「削る。専用の道具を使ってもいいけれど、ナイフでこんな感じに」

 小型ナイフで鉛筆削りを実演してみる。


「なるほど。簡単な仕組みですがそこがいいのです」

「面白いですね」

 職員室に残っていたジータ先生も試し書きをしてみる。

「確かにペンより使いやすいです。3組の生徒に最初に使わせるのにちょうどいいですね」

「そのつもりで作ってみたんです。それでちょっとこの筆記用具を作るためにイザベルを借りたいんだけれど、留守番をお願いしていいですか? 次の時間は授業があるからそれまでには帰ってくる予定です」

「わかりました」

 イザベルを引っ張り出すことに成功した。


 そんな訳で農場の外、雑木林まで出る。

「手伝うのはいいのですがこんな処で何をするのですか」

 ふふふふふ。

「実はこの筆記用具の材料集めを手伝って欲しいんだ。農場内にはいないからさ。こういう雑木林みたいな処の方がいい」

「何やら嫌な予感がするのですがあえて聞くのですよ。何を集めるのですか」

「これだ」

 現物を近くの雑草から捕まえて見せる。

「うっ!」

 イザベルが固まった。


「教団の農場内では害虫ということで施術で駆除したからさ。こういう処でないといないんだ。この白い部分を材料として使うから虫ごと集めてくれ。こいつはほとんど動かないから現状認識能力を使えば集めるのは簡単だろ。ほれ、袋と棒と手袋」

 固まっているのをいいことに採取セットを渡してしまう。

「うー、ううー。虫は正直苦手なのですよ」

「大丈夫。この虫は人間には害は無い。短時間でまとまった数を取るには現状認識能力が無いと難しいんだ。頼んだぞイザベル」

「ううー」

 固まっているイザベルをそのままに俺は俺で採取を開始する。

 なまじ目が見えないので俺は気持ち悪いとかそういう感じを受けずに済むのだ。

 だから木の葉の裏とか若い枝とかにくっついているのを捕っては袋に入れ、捕っては……

 捕りながら確認するとイザベル、嫌々ながらも虫捕りを開始した模様。

 よしよし。


 俺とイザベルが本気を出せばこんな数が多くて動かない虫など集めるのは容易い。

 次の授業までには試作鉛筆500本分くらいのカイガラムシが集まった。

 ただイザベルはその後。

「校長先生は酷いのです。うら若き乙女の私に虫集めなんて事をさせたのです」

 そんな文句を先生生徒関係無く言いまくっている状態になってしまった。

 もっとも農業の手伝いが主力のうちの学校だから、

「虫くらいは私達も平気だよね」

と往々にして流されてしまったりもした模様だけれども。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る