第60話 学校は順調です

 カイガラムシの蝋を使った鉛筆は好評だった。

 ただ材料のカイガラムシを集めるのに苦労する。

 なので今度からはこの虫を飼育して増やすなんて事になった。

「こんな害虫、条件さえ良ければあっという間に増えますよ」

とは農業部門の方の声である。

 まだ数がないので教団の学校限定。

 でも量産出来るようになったら教団外でも販売する予定だそうだ。

 カラー鉛筆の製法も教えておいたらカラフルな物も色々出来はじめてきた。


 さて、最近馬車だの鉛筆だのといった余分な仕事を木工所だの鍛冶場だのに色々やらせてしまった結果。

 その辺の業務が大幅に増えてしまった。

 なので木工所も鍛冶場も人員を増強するそうだ。

「私の他にあと3人鍛冶場に来るそうなんです。今から色々教えられるかなって楽しみなんです」

 日曜日、いつもの談話室でグレタちゃんがそんな事を言っている。


「グレタは何を作れるんだ」 

「自信があるのは鍋関係、穴が開いた鍋を直すのはもう1人で出来ます。あとペーパーナイフなんかも幾つか作りました。でも今は新しい馬車の部品を皆で作っている最中だから金具なんかが中心です。これが一段落したらいよいよ本格的な刃物を教えて貰う予定なんです」

 なるほど。


「色鉛筆は青や緑や黄色や赤も出来たぞ。芯から最後の仕上げまで全部一人で出来るし、もうこのまま鉛筆職人で独立して生活できるな」

 これは木工所で働いている2年3組のマヌエル君。

 学校へ来た最初頃は他人と話すのも困難だったらしい。

 でも今ではまあこんな感じだ。


 どうしても3組は勉強より仕事の方が得意な生徒が多い。

 でもそれも悪いことでは無いと思うのだ。

 勉強が苦手と言っても読み書きは出来るし日常の計算程度も出来る。

 文字が読めないなんて以前の状態とは違うのだ。

 その上で手に職をつけられれば親世代よりは大分ましな生活を送れるのではないだろうか。

 鉛筆部門なんかはそのうち教団から独立させてもいい。

 食品関係のいくつかの加工場もそう。

 あまり全部独立させると教団の財政が苦しくなるけれど。


「そう言えばクロエやエレナは作業は何をしているんだ? 畑とか作業場とかで見かけた事はないけれど」

「2人は人手が足りなくなった私の前職を手伝って貰っているのですよ」

 ???

「イザベルの前職って図書館管理だよな?」

「そうなのです。教団図書室と学校図書室の管理を交代でやって貰っているのです」

 おいおいおい。


「あれって本来教団の教学部の仕事じゃ無いのか」

「本来の面子が事務作業で大幅に取られてしまったのです。本来3人いた専従員が兼務1人だけになってしまったのです。しかも学校の図書室まで増えたので全くもって手が足りないのです。だから生徒に手伝ってもらっているのですよ。管理運営目録抄録検索発注その他の作業全般を担って貰っているのです」

 何ということを生徒にさせているのだ。

 あれこそ無駄に知識や教養が無いと務まらない職のような気がするけれど。


「私とクロエの他にアウロラとキアラの4人で、副校長先生やドロテア司祭と相談しながら色々やっているんです。仕事は多いし結構難しいけれど面白いです。本もたくさん読めますし」

「大変なことは大変だけれどね。毎月出版目録を読んで必要な本を探して申請したりしなければならないし。あと調査依頼なんて来ると大変だよね。どの本にその内容が載っているか探して書き写して、ある程度の結論を出さなければならないから。勿論副校長先生とドロテア司祭に回答する前に確認決裁を貰うんだけれど」

 おいおい。

 仮にも昨年春に文字すら読めなかった生徒のやる仕事かよ。

 そう思うけれど何か楽しそうに話している。

 多分楽しいんだろうし、色々な知識も身につくのだろう。

 その辺色々とイザベルの思惑がありそうだ。


 今の一年生はまだ作業は農業メイン。

 でも秋くらいから少しずつ他の部署にも行く予定だ。

 人数としてはやっぱり農業が一番多い。

 それでも農閑期には木工だの馬車だの畜産だの色々他の事もさせられる。

 そうやってある程度色々な事を体験しておけば社会に出るときも役に立つだろう。


 まだ卒業生は出していない。

 でも学校は今のところ最初の設立目的通りいい感じで運営できている。

 俺は色々教団の改革をしたけれど、この学校を設立した事が一番将来に向かって誇れる仕事になるかもな。

 そんな気がするくらいに。

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