第47話 イザベルの側で

 使徒は力が無い状態でも現状認識能力は使える。

 そして現状認識で確認した事には間違いは存在しない。

 故に現状認識で身体精神共に異常なしと確認したイザベルを心配する必要は無い。

 それはその通りだ。

 でも俺は不安だった。


 だいたいイザベルが俺を庇ってはまずいのだ。

 確かにイザベルは使徒である俺の補佐。

 でもそれ以前に王家出身者、それも現王の実子だ。

 継承権を放棄して生命の神セドナ教団にいてもその事実は変わらない。

 そんな存在が刺されたとなれば大問題になる。

 犯人はもとより生命の神うちの教団自体がお咎めを受けるのは間違いない。


 更に言うとイザベルは俺がいなくても困らない。

 こいつの知識と施術は何処へ行っても有用だ。

 性格に難があるなんていうが、その辺が通じない相手の前ではこいつはそれなりの態度を装う事だって出来る。

 一方で俺はイザベルがいないと毎週の説教にさえ困る始末だ。


 その辺を色々言って今後こんな真似は二度とするなと言っておかないとな。

 でもまずその辺はこいつが目覚めてからだ。

 施術が使えない今、俺が出来るのはこいつを見守る事くらい。

 実際には目が見えていないので見守る事すら出来ていない状態だ。

 五感の残りは触覚と味覚だが、この辺でイザベルを感じるのはヤバいだろう。

 見かけはお子様だがこれでも20歳女子だし。

 今の俺は見かけで判断することは出来ないけれど。

 現状認識は視覚とは違うから。


 辺りは大分暗くなったと現状認識が教えてくれる。

 その気になれば灯火施術も使えるがそれで起こすのも何か申し訳ない。

 だから俺はそのままイザベルが起きるのを待ち続ける。

 イザベルの力は回復している。

 俺が自己犠牲を使った際に全部の状態が戻っている筈だ。

 だからいつ目覚めてもおかしくない。


 イザベルの意識が戻ったようだ。

 でもまだ目を開けていないし身体を起こしたりもしていない。

 だから俺はそのまま待つ。

 待ち続ける。

 そして。


「私が起きた事に気づいているのはわかっているのですよ」

 ぽつりとイザベルがそうつぶやいた。

 寝たまま、口以外動かさずに。

「折角使徒様が刺される前に間に合ったのに、色々残念なのです。随分と酷い状態になっているのです」

「お前が刺された方が大問題だろ」

「そうでもないのですよ。私は家からは完全に縁を切られた状態なのです。アレッシオ伯爵は古い知り合いだったのでこの前は何とかなったのです。本当は私はその辺の力は何も無いですし影響力も無いのです」

 イザベルは身を起こす。


「予め言っておくのです。私も現状認識は使徒様ほどでは無いですけれど遺伝のおかげで使えるのです。だから使徒様の今の状態もわかっているのです。私にかかっていた呪いも解けているので、ただの治療や回復施術ではなく使徒しか使えない施術、恐らく自己犠牲を使っただろう事もわかるのです。

 お願いだから今後はこんな無茶はしないで欲しいのです。折角教団やこの国そのものが変わる機会が消えてしまうのです」


「無茶するなはこっちの台詞だ」

 声量は抑えつつもおもわずそう強めに言ってしまう。

「俺はそんなに大した存在じゃ無い。確かに使徒だが実際に色々実現させたのはほとんどお前のおかげだろ。レストランも病院も学校も全部俺は思いついただけで、他の細かい事だの誰に働きかけるかだのは全部イザベル任せだ。俺はイザベルがいないと明日の説教の原稿にさえこまる身だけれどお前は違うだろ」


「残念ながらそうでもないのですよ」

 イザベルはそう言ってふっとため息をついた。

「これでもそれなりに影響力の高い環境にいたとは思っているのです。それでも私一人では結局何も出来なかったのです。何も出来ないまましないままただ絶望したのです。その後は逃げて逃げて逃げまくって、気づいたら教団で知に逃げていたのです。逃げるため自ら時を止めたこの身体でただ知の世界に逃げ込んでいたのです」


 ???

 どういう事だ。

 今の俺にはイザベルの台詞の意味はわからない。

 勿論現状認識能力を更に働かせればイザベルの言った意味もわかるだろう。

 でも俺はこいつに対してそういう事はしたくない。

 何というかそれをやったらアンフェアな気がするのだ。


 イザベルはそこでもう一度息をつく。

 そして軽い深呼吸を3回ほどしてベッドから下りる。

「まあ起きてしまった事は仕方無いのですよ。取りあえず後で善後策を考えるのです。取りあえずはここの責任者のアベラルド司教補にこれ以上心配させないためにも下に行くのですよ。使徒様も一緒に行くのです」

 もういつもの口調に戻っている。


「そうだな」

 歩き出したイザベルの後から俺も歩き出す。

 ただ俺はさっきのイザベルの台詞がまだ気になっていた。

 そのうちその辺の事情なり思いなりを聞くことがあるのだろうか。

 そんな事を思いながら俺はイザベルに続いて部屋を出て、後ろ手で扉を閉める。

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