第46話 犯人の措置
階段を下りかけた処で信徒の皆さんに気づかれた。
「使徒様!」
「お身体は大丈夫ですか!」
やはり声が聞こえなくても現状認識で代わりに理解は出来るようだ。
声の方へ目を閉じたまま軽く右手を挙げる。
「私もイザベルも大丈夫です。心配はいりません」
声も無事いつも通り出たようだ。
厳密に言えば俺は大丈夫かどうか微妙。
だがまずは皆を安心させる事が大事だ。
「それよりちょっと彼を確認したいと思います。宜しいでしょうか」
彼とは勿論イザベルを刺した犯人だ。
「危険です!」
そんな声を軽く手で制す。
「既に縛ってありますしね。問題はありません」
縛るだけで無く猿轡までされている状態だ。
現状認識でもこれ以上彼が何かをすることは無いと出ている。
あと縛られる他にも色々酷く扱われたようだ。
擦り傷が出来ているし服も一部破れている。
現状認識能力その他で犯人の状態を確認する。
暗示はまだ解けていないようだ。
今も俺の方を向いてウーウー何か唸っている状態。
あからさまな敵意を感じる。
暗示は刺したら解けると思ったのだが、どうも『俺を』刺さないと駄目らしい。
勿論痛い思いはしたくないので刺されて暗示を解くなんてのは却下。
本当はある程度力が残っていれば俺自身で暗示を解くところだ。
でも生憎力が戻っていないので次善の方法をとらせてもらう。
「ここの施療院か救護院で中級以上の治療施術を使える方はいらっしゃいますでしょうか。私はちょっと力を使いすぎて施術が出来ない状態なのです。いればこの彼にかけられた暗示を解いてやって下さい」
「では私が」
中年の男性が前に出てくる。
男性が犯人の額に手を当てたところで犯人のうめき声が大きくなった。
「確かに暗示がかかっています。それも相当強い」
現状認識によると治療担当の腕は確かな模様。
任せても問題無いようだ。
1分程度手をかざしたところで暗示は解けた。
同時に犯人はふらっと倒れる。
暗示解除と同時に意識を失った模様。
「縄や猿轡を外して施療院か救護院のベッドに寝かせておいて下さい。もう大丈夫でしょう。
それにしても見事な治療施術でした」
今の施術、エネルギーの流れから見てイザベル並みかそれ以上の腕だ。
教団トップとして褒めるべきところは褒めておこう。
俺自身の気分的に余裕は無いけれど。
「いえ、使徒様に比べれば」
「それでこの犯人はどうしましょうか」
謙遜する彼の背後で別の人物がそう尋ねる。
「いずれにせよ役所で事情聴取を受ける事にはなるでしょう。ただおそらく何も覚えていないと思います。今回の件についてはこの者に責任はありません。暗示をかけた者こそが真の犯人です。ですのでこの者については罪に問う事の無いよう役所の方にも申し送って下さい」
こいつはただ暗示で操られただけだ。
だからイザベルを刺した実行犯とは言え特に憎しみは感じない。
イザベルも結局は何とかなったし。
俺は真犯人というか犯行指示者と伝達者、暗示にかけた者を知っている。
ただ俺は
ここの人々に提示できるような証拠は無い。
その気になれば俺は
生命を扱う施術の中には生を断つ施術も含まれるのだ。
いわゆる“死の呪い”に類する術である。
そこまでいかなくとも体力を激減させるとか五感のどれかを使えなくするとか。
ただそんな事をして向こうが訴え出なんてしたら面倒な事になる。
記憶を確認する術もあるが記憶を消す術もある訳で、指示した相手が色々証拠隠滅していると厄介だ。
何より俺の側の犯人確定理由が“神の知識”しか無いのが痛い。
法律では残念ながら『神のお告げ』は占いと同一扱いで証拠にはならないのだ。
俺にとっては”神から直接得た知識”なのだが他の人にとっては『神のお告げ』。
おそらく『神のお告げ』を悪用して政治介入したりした事案でもあったのだろう。
『神の審判』等は証拠として使えるのに今一つ納得がいかないが仕方無い。
取りあえず下手な事はしないでおこう。
それにいずれ真犯人である奴は失脚させる予定だ。
元々は必要悪としてある程度仲良くする方向も考えていた。
でも今回の件で決断した。
自分の立場に邪魔になる者を“消す”なんて判断をする者はこの国に必要ない。
膿は完全に出しておくべきだろう。
それにイザベルに痛い思いをさせた奴を見逃すつもりは無い。
「それでは私はうちの補佐の様子をもう一度見て参ります。何かありましたら彼女が寝ている病室におりますので、遠慮無く声をかけて下さい」
本当はイザベルの側に居る必要は何もない。
俺自身今は目も見えなければ耳も聞こえない。
現状認識能力なら横に居てもここに居てもわかる事は同じだ。
それに今の俺は施術を使える訳でもない。
ただそれでもイザベルの側にいたかった。
状態がわかっているのに心配だというのも変な話だけれども。
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