第10章 使徒の受難と親バカ達の暴走

第44話 旅の途中で

 学校が冬休みに入ると同時に俺達も巡行の旅に出る。

 教団所有の主要施設と農場を回り生命の神セドナの御賜をあまねく広げる旅である。

 その実情は使徒とその配下の施術を余すところなくこき使う旅だ。

 なお今回もイザベルと2人旅。

 グロリアも中級治療施術までは使えるようになったのだけれど、上級まではあと一歩足りない。

 中級治療施術までなら施療院や救護院に必ず使える者がいるので今回はパス。

 でも来年くらいには上級だの超級だの色々使えるようになるだろう。

 そうすれば俺やイザベルももう少し楽を出来るようになる。


 ゼナア、テュランと回ってミランで3泊予定。

 大きな街だが地区全体を総括する教団支部は郊外にある。

 本部農場に匹敵する巨大農場がここにあるのだ。

 つまりここでは農地の消毒等もしなければならないし、麦等の育成確認もしなければならない。

 家畜の健康確認等もお仕事だ。

 俺達の旅の中でももっとも大変な場所のひとつである。


 そんな訳でまず講堂で説教をした後農場のあちこちを回る。

 見て回るだけで無く殺菌消毒その他色々施術をかける訳だ。

 家畜の病気も診てまわる必要がある。

 まるまる2日かけてなんとかひととおり仕事を終えた夕方、農作物兼用の馬車に揺られて街中へ。


「もうぐったりなのですよ。力を使い果たしたのです」

「確かにここは厳しかったな。本部農場より広いんじゃないか」

「広い上に来年からテンサイを始めるから念入りに消毒かけたのです」

 明日は街中にある施療院と救護院でのお仕事予定。

「つまり朝一番からこき使う為の移動なのですよ」

という訳だ。


「まあ歩きの距離なのに馬車を出してくれたんだから感謝すべきかな」

 教団専従員にとって5キロ程度、本来なら歩く距離だ。

 野菜等と混載にしろ馬車を出してくれたのはありがたい。

「歩いて移動なんて今の状態では不可能なのですよ」

「確かに力を使いすぎたしな。これで歩いたら途中で倒れそうだ」

 流石にこの状態の使徒様ご一行を歩かせる訳にはいかないと判断したのだろう。


 この馬車は一応幌付きだが、前部分からある程度外の風景を見る事が出来る。

 俺の記憶に間違いが無ければ間もなく街中の方の教会だ。

 いわゆる古い方の教会で他の街のものと同様半ば救護院に乗っ取られている状態。

 ミランも新しい教会と施術院は出来たのだが街中の支部は古い方の教会にある。

 まあどこの街もだいたいそうなのだけれども。


 馬車はその教会の前で停まった。

「どうもありがとうございました」

「使徒様こそ本日はありがとうございました」

 馬車を降りて教会の入口へ向かった時だ。

 救護院の炊き出しに並んでいた男の一人がこっちを向いた。

 そして男はこっちにふらっと歩み寄ってくる。


 何だろう、俺が使徒だと知っているのかな。

 そう思った次の瞬間、男が懐から何か取り出したのが見えた。

 あれは……作業用の剣鉈?

 そう思った瞬間、俺はどんと強い衝撃を受ける。

 男とは違う右方向からの衝撃だ。

 俺は左側へ半ば転ぶように倒れ込む。


 何だ! 何が起きたんだ!

 身を起こして見たのは信徒に取り押さえられようとしている男と赤い血の色。

 血が流れているのは……イザベル!

 半ば這うようにして俺はイザベルに寄る。

「イザベル!」

『何とか、セーフ、なのですよ』

 全然セーフじゃ無い!

 思い切りイザベルから血が流れている。

 声すら出ていない状態だ。


『上級治療!』

 発動しない! 今日力を使いすぎた!

『中級治療!』

 これも駄目。

『初級治療!』

 何とか心臓と太い血管だけは修復する。

 でも肺も胸膜もまだだ! 出血量も多い。

 これではイザベルが助からない。


 でも俺はこれでも生命の神セドナの使徒だ。

 治療の力は恐らく世界一。

 現状認識をフルに動かして方法論を探る。

 普通の治療師が持つ中級治療施術ではもう無理。

 でも俺なら何か、何か方法がある筈だ。

 例え力が足りない今の状態でも。


 現状認識がひとつの可能性を拾ってきた。

 今の俺でも使える施術、いや能力はある。

 結果はどうであれイザベルは救えるはずだ。

 他を検討している時間の余裕は無い。

 だから俺は迷わずその力を発動させる。

『自己犠牲!』

 ヤバそうな能力なのは名前からして明らかだ。

 案の定発動した直後、俺の意識は闇に落ちていく。

 やらかしたかな、やっぱり……

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