第41話 転ばぬ先の複式簿記

 先程やっていたボードゲームやカードゲームの類い。

 実はこの辺も既に教団で売り出している。

 こういった物は今まで販路が無いので、病院に置いたりレストランに置いたり教会に置いたりという感じ。

 少しずつではあるが利益を上げているようだ。


 利益と言えば簡単料理シリーズ。

 既に量産部署が本部農場に出来てしまった位に売れ行きがいい。

 ちなみに一番人気はチーズ入り冷凍ハンバーグ。

 そこそこの値段とレストランに準ずる味が好評を得たようだ。

 次点がアヒルモモ肉のコンフィ。

 冷凍ハンバーグよりややお高めだが味の評判がいい模様。

 残念ながら俺製作のチキンラーメンは最下位だ。

 それでも常に5~6人で作り続ける位には売れているけれど。

 なおイザベルの部屋にはこのチキンラーメンが6個くらい常備してある。

「腹が減った時にお湯だけで食べられるのですよ」

 確かに正しい使い方だけれど何だかなあ。


 更に新しい農作物もいい感じで売れはじめている。

 中でも一番の利益頭は砂糖だ。

 何せ今まで高価な輸入物しか無かったのだ。

 輸入物の半額設定にしても面白いように売れていく。

 水飴も砂糖のおかげで売り上げが減るかと思えばそんな事はない。

 むしろ砂糖に引っ張られるようにしてじわじわ売り上げを伸ばしている。


 それらの分教団内部も忙しくなったかというとそうでもない。

 元々生命の神セドナ教団は農業部門にかなり余剰人員を抱えていた。

 何故かというと、

  ① 小規模農家が破産したり小作農や小規模農家の次男以降で働き場所が無い

  ② 教団に身を寄せたが農業以外のことがわからない

  ③ だから結果として農業部門にいる

という専従者が結構いたのである。

 農繁期は人数が多い方がありがたいのだが農閑期になると本当に仕事が無い。

 それが砂糖だの水飴だの味噌だの香辛料だの簡単料理シリーズだので出来る仕事が増えた。

 農繁期と農閑期でその辺の仕事を割り振ればその分人員を有効に活用できる。


 だから仕事が増えて苦情が出るかと思ったがそうでもなかった。

 仕事をしたいのに何も出来ない方が精神的に嫌だという人が多かったらしい。

 俺だったら楽な方がいいと思ったりもするけれどな。

 どうも生命の神セドナ教団の皆さんはくそ真面目な人が多い模様。


 そんな訳で生命の神セドナ教団の収入は今までよりかなり増えた。

 今はまだ教会や施術院の立て替えと移設にお金がかかっている。

 でもこれらが一段落すれば収益はかなり増える筈だ。


 さて、ここまで収支が変わってくると気をつけなければならないのが会計管理。

 この国は教団等の宗教団体は基本的に無税。

 ただ宗教団体を隠れ蓑に収益事業の脱税をしていると疑われてはいけない。

 お金の流れが外部からも把握できるよう会計処理を透明化する必要がある。

 また会計を透明化すれば私服を肥やしたりするような奴を防止したり発見したりすることも出来る。

 いざという際に備えてその辺の事務処理を固めておきたい。


 生徒がゲームを終えて帰った後、イザベルとそんな話をした。

「なるほど。それは確かにやるべきなのです。ただなかなか難しいのです」

 理由は大体想像がつく。

「複式簿記なんて知識、うちの教団の末端の事務屋まで行き届いているかな」

「その辺は自信が無いのですよ。商業的なセンスはうちの教団には皆無なのです」


 何せ元々が貧乏教団だ。

 金があるという事態に慣れていない。

 一方この国の商家等は既に複式簿記が一般化している。

 だがそんな知識がある人間等教団全体を見てもごく僅かだろう。

 元々貧乏な上に宗教団体という事で税金が免除されている。

 その分色々いい加減になっている面は否めない。


「だいたい複式簿記なんて出来るのは豪商人の部下とか官僚の一部くらいなのですよ。それも大体が専門職なのです。商売の神マーセス教団の運営する会計学校で2年みっちり勉強した専門家が実務を担っているのです。一般の商店等ではそんな専門家を雇えないので会計時期になると商売の神マーセス教団から専門家を派遣して貰ったりもするのです」

 なるほど。

 この前喧嘩というか一戦交えた商売の神マーセス教団か。

 ならある意味ちょうどいいかもな。


「なら商売の神マーセス教団に頼んで恒常的に専門家を派遣して貰おう。各主要地区に会計業務を集約化して、そこに専門家と補助を置く。今の教団の体制ならそれくらいの費用は出せるだろ」

「でも歴史的に生命の神セドナ教団と商売の神マーセス教団は仲が悪いのです。それぞれの信徒が貧乏人と拝金主義者だから無理も無いのです」


 うん、その辺の理屈はわかる。


「だからこそあえて商売の神マーセス教団に依頼するんだ。多少高くついてもいい。その程度の金で教団の透明性を世間に明確に出来るなら安い物だろう。それに商売の神マーセス教団とのつながりも出来るしな。なんやかんや言って向こうは市場流通を握っているんだ。出来れば仲は良くした方がいい」


「うーん、理屈はわかるのです。理屈も構造も社会的利益も理解はできるのです。ただ少しばかり私としても……うーん、でも確かに今後必要かつ有効な手段なのです……稟議書を書くのです……」


 イザベルでも商売の神マーセス教団に対する拒否感は結構あるようだ。

 他の皆さんの場合はもっと抵抗があるだろう。

 この件はうまく動かないかもしれないな。

 この時の俺はそう思っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る