第39話 馬車は教会本部へ

「別に商業の神マーセス教団そのものが悪いわけではないのですよ」

 教団の馬車で帰る途中だ。

 荷台に野菜屑とかが残っているが気にしてはいけない。

 教団の馬車が運ぶ主な荷物は農産品。

 人はおまけで乗せて貰っているようなものだ。

 例え乗員が大司教と使徒という最高幹部であっても例外ではない。

 ついでに言うとやっぱり乗り心地は最悪だ。

 でも今回はまあ、勝利の高揚が何とかそれを隠してくれている。


「もともとの商業の神マーセス教団は公正かつ透明な商業活動を推進しているのですよ。ただお金を扱う以上どうしてもああいった輩が蔓延りやすいのです。今回の件である程度膿を出すことが出来れば幸いなのです」

 イザベルはしれっとそんな事を言う。

「だからこの件で商業の神マーセス教団と今後もめるという事は無いと予想するのです。今回の件で当分の間は商業の神マーセス教団も原理主義派が主流になると思うのです。ですから市場等で問題が起きるという事は無いと思うのです」

 なるほど。


 俺はこの国の宗教に関する歴史を少し思い出す。

 もともとこの国の主な神々及びそれらの教団は国によって庇護されていた。

 それぞれ得意分野に対して権利を持つとともに義務だの事業だのを持っていた。

 生命の神セドナ教団が治療院や施術院、孤児院を持つのも商業の神マーセス教団が卸売市場を管理しているのもその頃の名残りだ。

 他にも勝利の神ナイケ教団が道場だの戦技研究だので武力を支えていたりもした。


 だが約百年前、『王権と宗教の分離』宣言により司法制度上外せない司法の神シャーマシュ教団を除き、教団は国からの庇護を失い完全に独立。

 一説によると国の厚生福祉事業を一手に担う生命の神セドナ教団の勢力が大きいことを他の教団が危惧した故だと言われている。

 それが事実なのかは今となっては定かでは無い。


 今ではどの教団でも訪問した一般人に対する加護に大した差は無い。

 どの教団の教会でも初級程度の治療や回復はやってくれるし、数日分のささやかな幸運だの若干の身体強化だの加護も与えてくれる。

 でも元々は得意分野が違う神であり教団。

 在家信徒レベルならともかく高位専従者ならば使える力もかなり異なる。

 例えば商業の神マーセス教団の高位神職者は市場把握や公正分配といった御業を使えるし、勝利の神ナイケ教団の高位神職者は鍛錬加速だの身体強化だのといった神技を使う事が出来る。

 与えられる力も教団によって施術とか御業とか神技とか呼称が異なる位なのだ。

 本当はその辺で協力関係が築ければいいのだけれども。

 本日の感じだとなかなかそれも難しそうな感じだ。


 それはそれとして俺としては別に気になった事がある。

「それにしてもスコラダ大司教がああいった立ち会いに慣れていらっしゃるとは思いませんでした」

 これが今回の件でもっとも俺が意外だった事だ。

 てっきりスコラダ大司教は実直なだけの存在だと思っていた。

 イザベルはそんな俺を見てにやりとする。

「大司教は元々は『法の真偽員』なのですよ。犯罪者を相手にするのは慣れていらっしゃるのです」


 えっ、何だって?

 『法の真偽員』だったら高級公務員だぞ。

 何せこの国では裁判官みたいなものだ。

 言っては悪いがこんな貧乏教団に来るような職じゃない。

「昔の話だ」

 そう本人が言うという事は事実のようだ。


「何でまたそんな高級職員から教団へといらしたのですか」

「公正な法の執行だけでは救えない人がいる。それに気づいた」

 うわ格好いいなその台詞。

 本人は大真面目なのだろうけれど。

 でもそれで色々納得が出来た。

 あの妙に冷静で場の空気に一切流されない態度。

 確かにあれは法の執行者である真偽員に相応しい。


「ところで私が王家の出身だった事には驚かないのですか」

 イザベルにそんな事を聞かれる。

「もしかしたらグロリアにその辺の事を既に聞いていたのですか?」

「いいや」

 グロリアが最初にイザベルを見た時の態度は確かに変だった。

 でもその事について特に聞いたなんて事は無い。

「イザベルだったら元が何であってもいまさらって感じだからな。もう散々振り回されているし」

「それってどういう意味なのですか」

「そのままだ」

「何か釈然としないのです。でもまあ付き合いも長いので許すのです」

 馬車はゆっくり進む。


「ところでこの農家救済策の担当はスコラダ大司教になるのでしょうか」

「いや、これはソーフィア大司教なのですよ」

 うーん。

「それだと何かスコラダ大司教に申し訳無いような気がするのですが」

「適材適所。私は畑や現場に出ていた方が気が楽だ」

 いやそう考えると逆にソーフィア大司教に申し訳ない気もするのだけれど。

「まあそんな訳であとはこの件をソーフィア大司教に投げるのですよ。だいたいこの数値算定も援助金等についても計算はソーフィア大司教配下の事務部門がはじいたのす。後はそちらにお任せするのです」

 なるほど。

 でもどっちにしろ農家救済策は俺達の手を離れるわけだ。


「そんな訳で当分は私も学校に専念なのですよ」

 イザベルはそんな事を言う。

 だが甘い。甘すぎる。

「そろそろエンドウや大豆の仕分けがくるからな。今度はイザベルにもしっかり働いて貰うぞ」

「すまないが宜しく頼む」

 スコラダ大司教までそう言う始末。

 そう言えばこの人、農業部門の最終責任者でもあった。


「あ、そう言えば農家救済策でやり残しが……」

「もうソーフィア大司教に引き継ぐんだろ」

 今度は逃がさない。

 あの作業部屋で一人侘しく種を選別する作業はたくさんだ。

 せめてイザベルくらいは巻き添えにしないと。

「勘弁して欲しいのですよ!」

「先週終わりまでに何度俺もそう思った事か」

「済まないが私ではあの施術は無理だ」

 そんな感じで馬車は進んでいく。


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