第34話 地味でしんどい救済活動
楽しい開発もあればしんどい開発もある。
本日俺とイザベルがやっているのはしんどい方の開発だ。
内容は耐センチュウ特性を持ったジャガイモの選別である。
「なかなか面倒かつ疲れる作業なのですよ」
「頑張れイザベル。こんな作業俺とイザベルしか出来ない」
俺やイザベルなら施術により耐センチュウ特性があるかどうか芋の現物を見ただけで判別できる。
他にそんな能力がある奴は施療部門とか地区教会だので色々忙しい。
つまり俺達がやるしかないという事だ。
なお本日はグロリアとロレッタは施療院に行っている。
だからこの部屋は俺とイザベル専用だ。
つまりは部屋使い放題。
そんな訳で部屋には収穫した耐センチュウ種芋候補が箱で積まれている。
「頑張っても頑張っても芋が減らないのです」
「負けるなイザベル。種より大きいから少しは楽だろう」
「その分体力を使うのです。あと手が汚れるのです」
「負けるなイザベル。明けない夜は無いし夜明け前が一番暗い、多分」
なお俺の台詞は多分に自分への激励も含まれている。
だって木箱が部屋の壁一面に山積みになっているのだ。
現実を認識すると気が遠くなる。
勿論この作業には立派な意義がある。
この耐性芋は一般の農家に普及させる予定だ。
この耐性ありの芋を1回育てたらその土地のセンチュウ生息濃度は10分の1程度まで減る。
そうすれば再び普通のジャガイモも生産可能になる訳だ。
また毎回この芋を育てれば少なくともセンチュウの害は激減する。
勿論他の病害もあるので連作は避けた方がいいのだけれど。
つまりだ。
「この作業が零細な農家を救うんだ。将来万が一あるかもしれない食料飢饉を救うかもしれない。
「意義も理由も構造も理解しているのですが現実がそれを押し潰すのですよ」
「辛い現実を直視するな! 無になって働け、選別しろ」
「直視するなと言っても見えているものは仕方無いのですよ!」
まあそんな文句をギャースカ言いながらもイザベルの手はちゃんと動いている。
やるべき事はちゃんとやっているのだ。
ただ無言でやると仕事量に圧倒されるだけで。
「それにしても同じ株にも耐性ありと耐性無し両方の芋があるのは理不尽なのです」
「俺もそう思うが仕方無い。これも
「使徒の癖に信じていない事をいうのではないのです」
俺とイザベルの苦闘は続く。
なお選別するのは芋だけでは無い。
教団本部農場には作物研究部もあり、そこでは色々な作物をそれぞれ交配させて新しい品種を作っている。
俺達の耐性ジャガイモもそこで交配や栽培等をしてもらったのだ。
それはいいのだが研究部では他の作物も色々研究している。
そして困った事にこの研究部には俺やイザベルのように見ただけで成長後の特徴等がわかる人材がいない。
元々教団でも施術が得意な奴は大体施療部門や地域教会に行かされるのだ。
その方が施術を必要とする場面が遙かに多いからな。
処理能力がある奴が事務部門に優先して取られるのと同様に。
つまり実業部門に居るのは基本的に
○ 真面目だけれど施術は苦手
○ 体力だけは自信があります
○ 他の部門で使えるような能力はありません
そういった連中が多い訳だ。
だから実業部門下である研究部にも施術が得意な奴はほとんどいない。
勿論種や芋から性質を判断できる施術持ちなんて皆無だ。
そんな訳で俺とイザベルのこの能力を知った研究部からお願いが来たりもする。
例えば木箱にぎっしり入った麦の種籾という形で。
あと1月したらエンドウ豆の選別もよろしくという連絡を受けている。
何か気が遠くなると言うか、何というか……
「なあ、イザベル」
「何なのですか」
言っても無駄だと思うけれど、つい口に出してしまう。
「確か使徒様ってこの教団で一番偉い存在だよな」
「そうなのですよ」
「何か一番いいようにこき使われているような気もするんだが」
あ、イザベル。
この作業を開始してから初めての笑顔、それも悪そうな笑顔を浮かべた。
「
そうなのか。
考えてみれば思い当たる節がけっこうあったりする。
大司教方も一人を除いては常に忙しく働いているしな。
「ならアセルムス首座大司教殿は何なんだ」
「世の中には例外の無い規則は存在しないのですよ。それに無能が働くと仕事が増えるのです」
おいっ。
それじゃまるでアセルムス首座大司教殿が無能だって言っているようじゃないか。
まあ事実そうなんだけれどさ。
あの人はいかにも宗教の偉い人という雰囲気とたたずまいだけだからな。
そんな教団にあるまじき、でもこの教団内では周知の事実を頭の中で浮かべつつ俺達は作業を続ける。
きっとこの作業は今日一日では終わらない。
麦も含めたら来週までかかるだろう。
ああ、どうか哀れな使徒とその補佐に
はあ。
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