第20話 めでたい日

 本日はめでたい日だ。

 俺とイザベルはお仕事をお休みしてネーブルの港近くの公園に来ている。

 俺たち以外にも大勢集まっている状態。

 俺がある程度顔がわかるのはネーブルの教団専従員。

 それと同じくらいいる屈強な男子中心の集団は新郎側の友人等だろう。

 本日ここであるのはトスカ元助祭長の結婚式。

 相手は船舶事務所で働いている人だそうだ。

 ドリンクスタンドで働いていたトスカ元助祭長を見初めて告白したとの事。

 割と短めの交際期間を得て、この度ゴールインと言う訳だ。


 さて結婚式を何故公園でやっているか。

 これはネーブルの教会がちょっとあんまりの状態だからだ。

 どういう状態かと言うと、半ば救護院に占拠されているような状態。

 毎日炊き出しが行われ、無料の治療と健康相談にも貧困民が列をなしている。

 これも必要な事業だ。

 でもとても結婚式をやるような雰囲気ではない。

 いずれは今の教会は救護院と付属礼拝所に改装。

 レストランや病院のある区画に新しい教会を建てる予定。

 なのだが今は予算が無くて工事すら始まっていない。


 だから管理事務所に話を通して公園のひと区画を借りた。

 ただ今日は天気も最高。

 花壇の花も綺麗に咲き誇っている。

 ここから見える港の風景もなかなかだ。

 今回に限っては下手な建物よりこの場所の方が式にいいように感じる。

 なお本日は俺の強い希望でアセルムス首座大司教に式のお願いをした。

 奴は事務処理能力は今ひとつだが姿と声がいかにも宗教の荘厳さを感じさせる。

 こういう場にはぴったりだ。


 そんな訳で式が始まる。

 まずは式の開会を告げる讃美歌から。

 聖歌隊にトスカの同僚カメリアが混じっているのが見える。

 続いて新郎新婦の入場。

 新郎殿、見かけはなかなかイケメンだ。

 身長も高いし顔もいかにも好青年という感じ。

 船舶事務所で働いているからには能力もそれなりにあるのだろう。

 俺の現状認識能力でささっと見ても悪い処は見当たらない。


 トスカには父母はいない。

 教団の孤児院で育ち、そのまま教団専従としてやってきた。

 結婚した後は教団専従を離れ、在家信徒になるそうだ。

 教団専従者も婚姻は可能だが住んでいる場所が教団施設になる。

 だから片方が他の仕事を持っている場合はだいたい在家として外に出る訳だ。

 ただドリンクスタンドは続けると聞いている。

 今はドリンクスタンドもレストランと同様給与制になったしな。


 さて讃美歌が終わりアセルムス首座大司教による祈祷と聖言がはじまる。

 最初この役を使徒だからという事で俺がやらされそうになったのだ。

 でも見かけが若造の俺ではなじまない。

 そう言って代わりに首座大司教を呼び寄せた。

 この爺、事務処理能力はゼロに近いがこういう場にふさわしい雰囲気がある。

 姿かたちと言い声の質と性質と言いまさに聖職者という感じ。

 今日もなかなか絵になっている。


 これからこうして教団の外に出る人も増えるかもしれない。

 今まで教団は主に貧困対象ばかりを対象にしていたので、このような形での教団卒業はほとんど無かった。

 でも今後はレストランや病院、更に新しく通いやすい教会等で普通の一般人と触れ合う機会も増える。

 その分教団が身近になって、逆に入ってくる人も出るかもしれない。

 そういった社会一般との人的交流は悪い事ではないと思うのだ。

 アセルムス爺も祝福してくれているし。


 制約、宣言、署名と式は進んでいく。

 しかし本当あの爺、こういう仕事は見事だな。

 この十分の一でも通常のお仕事が出来ればソーフィア大司教の仕事が減るのに。

 でもまあソーフィア大司教は事務能力最強だからあれでいいのか。

 世の中バランスだ。

 こういう式典に映える人材も宗教にはかなり必要な訳で。


「それでは生命の神セドナの御名のもと、ジュゼッペとトスカの婚姻成立をここに証言する。2人の上に満ち溢れる慈愛と祝福、生命の輝きのあらんことを」

 ここで聖歌が再び流れて式は終了だ。

 昨日皆で作り式の前に配った紙吹雪が退場する2人の上に降り注ぐ。

 中には思い切り新郎めがけてぶん投げている奴もいるがそれも風情。

 

「こういう式も悪くは無いのですよ」

 イザベルがそんな事を言う。

「イザベルもいい相手がいれば送り出すぞ。今の仕事は続けてもらうがな」

 そうしないと俺の仕事がヤバい。

「残念ながら私はおそらく無理なのですよ。生命の神セドナ教団に入った今でも元の立場は残念ながら残っているのです。ただ元の立場だと好みでもない相手と政略結婚する以外の道は考えられないので、それと比べると今の方が遥かにましなのです」

 イザベルの身元についてはあえて俺は現状認識を使っていない。

 その辺を興味本位で見ることは申し訳ないような気がするからだ。

 それにしても今の俺の発言は申し訳なかったな。


「悪かった」

「いや、別に結婚する気は最初から無いのでかまわないのですよ。それよりこの公園での挙式プラン。晴天限定ですけれど価格を明示したら需要があるか、考えてみても面白いのです」

 おいおい。

「でもアセルムス首座大司教じいさんの予定を毎度調整するのが面倒だぞ」

「どうせ式典や儀式でしか役に立たないのです。ならばこういう処でフル活用するべきなのですよ」

 俺以上に辛辣だよな、こいつ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る