第17話 需要の読み違え

 一言で言うならばだ。

「何でこうなった!」

 どうやら俺達は需要を読み違えていたらしい。

 勿論施術院のことである。

 費用の関係から仮設として作った施術院は受付、診察室2部屋、待合室という簡素な作り。

 そこに初日から待合室ぎっしりの患者が押し寄せたのだ。


 フローラ司祭だけではどうやっても手が足りない。

 そんな訳で初日から俺も診察室その2に常駐。

 調合師は1人では足りずにイザベルが補助に回る。

 事務員はカルテ管理と患者管理、会計その他で2人で手一杯。

 更にグロリアとロレッタが待合室を順番に周り予備診療として様態を聴取。

 彼女達の施術で全快する程度の病気はそこで治療しそのまま帰らせる。

 そんな体制でないと待合室から人があふれそうなのだ。


 思った以上に需要が強烈だった。

 治療しながらも俺は深く反省した。

 中流層が行きやすい施術院の需要がこんなにあるとは思わなかったのだ。

 いままでそんな場所が無かったからちょっと頭痛する位は我慢する。

 ちょい痛いかな程度の怪我も洗って清潔な布で巻く程度の自宅治療でごまかす。

 多少の発熱は寝て直す。

 そんな層の患者だけではない。

 初級治療で治したけれどどうも不安でもっと上級の術士に見て貰いたい。

 そんな患者まで一気に押し寄せたのだ。

 

 開発室の面々が有能で大変に助かった。

 グロリアやロレッタも貴族令嬢の嗜みで初級治療施術・回復魔法施術を使える。

 イザベルに至っては上級治療施術師だの上級調合師レベルの実力持ちだ。

 こいつらがいなければこの施術院は初日で崩壊していたな。

 無論俺もフル回転だ。

 これでも俺は生命の神セドナの使徒。

 治療回復は本来の得意技。

 でもその分難しい患者ばかり回される。

 グロリアもロレッタも容赦ない。

 腰痛で軟骨再生が必要な患者なんてまだいい方だ。

 風邪のつもりで来たら急性の血液がんだった患者なんてもう……

 それでも使徒の施術と前世の知識を総動員して何とかしてしまうのだけれども。


 患者が減らない。

 終わった患者が出るのと同じくらいのペースで新規患者がやってくる。

 仕方無いので調合師には泣いて貰って予備診療の方にちびっ子イザベルを投入!

 俺としては最終手段だったのだが、これが恐ろしいまでに効果的だった。

 何せイザベル、並みの治療術師以上のレベルだ。

 単なる風邪はもとより簡単な骨折あたりまでその場で治療してしまう。

 なお予備診療で治療した分については今回は診療1回と同じ正銅貨5枚500円扱い。

 それで骨折だの気管支炎だのを治療しているのだから採算はあわない。

 でも今回は色々余裕が無いので仕方無い。


 イザベルの投入でやっと終わりが見え始めた。

 元々そういうタイミングだったのかもしれないけれど。

 おかげで午後3時頃には待合室もかなり空いてきた。

 俺を始めスタッフの皆さんはまだ昼飯すら食べていない。

 自分に回復施術をかけてごまかしている状態だったりする。

「俺が治療を担当するからフローラ司祭は今日は終わりで食事を取ってくれ。イザベル、今日の状況を報告書にして明日一番の便でオルレナ大司教に届くよう手配しろ。あとは半数配置で交代で食事をとって1時間休憩。全員もう御力が残り少ないだろう、無理はするな」

 ちなみに御力とは魔力のことである。

 使徒の俺でさえ大分疲れて消耗しているのだ。

 他の皆さんはもっと酷いだろう。


「すみません、しばらく自己回復に専念します」

「フローラ司祭、本当によく頑張ってくれた。その治療室は閉鎖する。休んでくれ」

 本当にそう思う。

 彼女のところも予備診療で治らない患者ばかり回されているのだ。

 もう御力もカツカツ状態、ほぼ気力だけで意識を保っているのではないか。


 そんな訳で俺の孤軍奮闘が始まる。

 まあ新規に来る患者で症状が軽い者はグロリアが治療し弾いてくれるのだけれど。

 だから俺の処に来るのはもうすぐ肺炎なりかけだとか、アキレス腱が切れたとか。

 盲腸炎を我慢していたら患部が癒着してもっと酷い事になったとか。

 もう勘弁してくれ。

 そんな事を思いながら内科外科関係無しでひたすら治療しまくる。

 だがそんなこんなでとにかく治療をしまくって、そして、やっと。


「今の患者で終了です。大変お疲れ様でした」

 ロレッタの台詞でほっと一息。

 同時にくらっときて、慌てて机に手をのせ姿勢を保つ。

 やばい。

 俺もほとんど御力がない状態だ。

「とりあえず施術院が無くて溜まっていた患者はこれで大分治療しただろう。明日はもう少し患者さんの人数も減ると思う。更にランベルト司教に状況を話して明日は下町のほうの施術院から治療術士と調合師を1名ずつ貸して貰おう。以降はオルレナ大司教に直訴して人員を増やして貰う。以上で今日は終了だ。

 念の為俺は今日はここに泊まる。だからフローラ司祭は今日は夜中の往診等は気にしないで休んでいてくれ。それ以外の皆も本当によくやってくれた」

 ぶっちゃけ言うと今の俺、教会の宿泊棟まで歩くのも面倒な状態なのだ。

 食べなかった分の昼食も残っているし大丈夫だろう。


 本来はフローラ司祭がここに泊まって夜間の急患対応を行う予定だった。

 彼女の私室もこの建物の2階に作ってある。

 だがフローラ司祭の御力の払底具合が酷すぎる。

 今夜くらいはぐっすり休むべきだ。

 明日の朝食や昼食はイザベルあたりに買ってきて貰おう。

 そんな訳で本日は解散。

 そのまま俺は診療室その2へ行き、部屋を綺麗にする清浄施術をかけ、スタッフで揃えた白衣を脱ぐと、ばったりと治療用ベッドにダウンする。

 流石に今日は疲れた。

 取り敢えず眠ろう……

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る