34 犯行動機
自分にされたことへのフラッシュバックが、あやめの脳を、神経を襲う。
高校時代、死線を彷徨い、子宮を失くし、その上陰陽寮から捨てられた苦しみが。
喉の奥から熱くて痛いものが、嘔吐のようにこみ上げてくる。
涙腺も崩壊寸前だ。
それでも、下唇を噛み、捨て台詞の一つにでも毒を混ぜて、アスファルトの上に立ち続ける。
自分を鼓舞させるために。
《お前が日本を出て行ってから、俺は古巣を捨てて、自らの研究に力を注いだ。
自分の、陰陽師のレベルを飛躍させるために。
そして俺は、死人を式神として使役できる術を得た。
陰陽師として、魔術師として最高で最強の力だ。
無鄰菴の老害どもが認めなくとも、俺は日本の魔術師たちの頂点に立った》
途端に、あやめの感情が堰を切る。
「じゃあどうして、こんなことをするのっ!!
研究なら、どうぞご自由にすればいい。
お前がどうなろうと、私には、何も関係ない!
でも、肉人形を私たちにぶつける必要なんて、どこにもないじゃない!
私たちは、きさらぎ駅の事件を調査するためにここにいるの!
藤井にも、陰陽寮にも用なんて全然ないわ!
この数年、あなたに迷惑なんて、全然かけてない!
禁忌を犯し、無鄰菴に目を付けられることを承知で、どうして?」
激しく問い詰めるあやめに対し、藤井が放った言葉は、意外なものだった。
《そうだな、もう隠す必要もない。
結論から言えば、遠州鉄道の最終電車を消したのは俺だ》
「えっ!?」
あっさりとされた自白に、彼女は呆気にとられた。
《俺の目的はただ一つ。
姉ヶ崎、お前の処刑だ。
お前が日本を捨てた後な、俺はずうっと機会をうかがっていたんだ!
この国で、大きな事件を起こし、お前が探偵として、再び日本に戻ってくる時を!》
「お前…なにをいって……」
その時、あやめは、考えたくもない動機にたどり着いた。
これだけの大事件に対して、あまりにも小さすぎる動機に。
《そういう事件を専門にしている探偵社に、お前が加わったことは知っていた。
ノクターン探偵社…怪奇事件を解決する、唯一無二の私立探偵。
依頼があれば、世界中どこにでも駆け付けて、事件を解決させる。
となれば、日本で事件が起きても、お前たちは絶対に地球の裏側からやってくる。
特に日本人であるお前は、そのトップに立たされるはずだ。
地の利もあるし、力もあるからね。
そこを狙って、俺の肉人形を送り込み、お前を殺すつもりだったが…いや、今から殺すって言い方が正しいか》
「まさか……」
当たってほしくなかった。
が、十中八九……というようだ。
《察しが良くて、助かるよ。
俺は、お前への復讐のために、この事件を起こしたのさ。
姉ヶ崎あやめをおびき寄せるための、餌としての怪奇事件をな。
目論見通り、お前たちは日本にやってきた》
きさらぎ駅事件の犯人は、藤井だった――!!
もう、遠慮も何もいらない。
犯人を見つけ出した後、するべきことは1つ!
が、今のあやめには、公務より私怨の感情が勝りつつあった。
あやめは、キッと車を睨みつける。
「いつから、私たちを監視していた?」
《中部空港に降りた時からさ。
電車を消してから、日本中の空港に式神を置いていたんだよ。
その一つが作動し、名古屋駅に向かわせた部下の証言と、隠し撮りの写真から、君たちが浜松に向かっていると確信したんだ》
そう言うと、オーロラビジョンに写真が現れる。
彼女も、それを見上げると、狼狽に瞳が揺れた。
細長い一枚の写真。
新幹線に乗ろうとしているあやめを、ホームの柱の陰から撮影したものだった!
いつの間に!?
《部下ってのは、俺の昔からのダチでな、栄を根城にしている半グレさね。
式神ならバレてたんだろうが、生身の人間じゃあ、妖気なんてないからわからなかったんでしょうねぇ……。
日本最後の半妖にして、もし破門されていなければ、山本の後釜になっていたはずの八咫鞍馬大幹部、姉ヶ崎あやめ殿でもねぇ……》
とげのある言い方に、あやめは更なる苛立ちを見せる。
あやめ一個人への私怨のために、関係のない大勢の人間を巻き込んだ。
何気ない日々を頑張って生きている人たちを、こんなくだらない理由で。
《そして予想通り、お前はきさらぎ駅の調査を始めた。
誰が依頼したか知らないけどな。
そこからは、楽しさと懐かしさを胸に抑えながら、この車でお前たちを監視し続けていたのさ。
俺が丹精込めて描いた犯罪計画に、ちゃんと乗ってくれたことに感謝しながらねぇ~。
ハハハ…》
彼女は怒りをあらわにする。
「私に復讐するために…日本におびき寄せるために……。
たったそれだけのために、こんなことを……っ!!
きさらぎ駅も、そんなくだらないことのために、お前が生み出したのかっ!
答えろ藤井っ!
電車に乗っていた人たちを、一体どこに閉じ込めたぁっ!!」
だが――。
《きさらぎ駅を作ったのは、俺じゃない。 天地神明とやらに誓わせてもらうよ》
「ふざけるなっ!!」
怒鳴るあやめに、猫なで声で藤井は話しかける。
《忘れたのか、姉ヶ崎。
きさらぎ駅の話は、ガキの頃からあるんだぜ?
俺たちが出会う、ずうっと前から。
昨日今日できた、そんな眉唾のガセじゃない。
既に一回、この浜松、遠州鉄道の線路上に現れ、乗客が1人迷い込んだ。
違うかね?》
「っ!?」
返す言葉がない。
彼の言う通りだ。
きさらぎ駅が現れたのは、今よりずっと前。
第一、バチカンでも対応に苦慮するとエリスが言っていた異空間の存在を、この藤井が生み出したとも考えにくい。
しかし、と、彼は話を進める。
《駅は確かに存在するよ。
俺は、きさらぎ駅の場所を偶然にも手に入れた。
電車を引き入れる方法もな。
俺は、それを利用したに過ぎない。
お前を、ノクターン探偵社もろどもおびき出すための餌を作るために!》
「なら、電車がどこにいるのか知ってるな?」
《ああ。 でも、お前に答えるつもりはないよ》
あやめは、声を殺しながら問うた。
「なら、一つだけ答えろ。
どうしてエリス達を殺そうとした?
私に恨みがあるなら、私だけを殺すのが筋じゃないのか?
素人でもあるまい。
お前には、呪術で人一人、ピンポイントに殺せるだけのテクはあるはずだろう」
《つまんないじゃん》
「つまらない?」
《君1人を簡単に殺したんじゃあ、なにも面白みがない。
第一、僕の苦しみ、恨み、痛み…そういったものを晴らすには、君を殺すだけでは済まなくなっているんだ。
琵琶湖での実験を邪魔した罪、アトリビュートで殺したのに生きている罪、女としての価値がなくなっても、探偵で居続ける罪。
大きな罪は、大きな罰で償わないとね》
あやめは叫ぶ。
「車に両儀地雷を仕掛けたのはそのためか!
エリスたちを目の前で殺し、私が苦しむ姿を見るために!」
《そうだよ。
あの場所には、君のお姉さんもいたからねぇ…一緒に死んでくれれば、もっと面白かっただろうに。
泣き叫び、苦しみ、絶望する姿こそ、君にはふさわしい》
瞬間、あやめは完全に我を忘れていた!
「鬼畜がぁっ!」
あろうことか懐にしまっていた銃を取り出し、ランエボに向けて乱射した。
そこに、冷静な彼女の姿はない。
歯をぎらつかせ、眉間にしわを寄せる表情は、美麗なあやめの顔を完全に破壊し、その憎しみを体現しているようだ。
弾を撃ち切ってもなお、トリガーを引く指を止めない彼女に、藤井は笑い声で跳ねのけた。
《さあ、無駄話は終わりだ》
銃弾は全て命中したが、車は無傷でそこにいた。
防弾車なのか、それとも護符を貼り付けているのか。
肩で息を切り、我に返ったあやめの背後には――
「!?」
3メートルほどもある、両腕鉤爪の怪物が立っていた。
両肩に犬の、そして首の上に筋肉だけになった人間の頭がのっかった、全身赤黒い肉の塊。
先ほどの肉人形と外見は変わりないが、息遣いから来る威圧感も、本能が感じ取る妖気も桁違いにパワーアップしている!!
いや、今まで妖怪相手でも感じたことがないレベル、というほうが正しいか。
《人間で生成した破裂式肉人形は、その脳で全てを判断して動く、忠実で賢いゴーレムだ。
さっきの個体同様、視界に入るものは全てぶち殺す。
が、今回はもう一つ、仕掛けた式神を使って、ある刷り込みをしているんだ。
同族は皆殺しにしろ……つまり、コイツを殺さない限り、無差別に人間を殺し続けるのさ》
「浜松に住む人間、全員殺すまで止まらないということか…っ!?」
《その通りだ。 楽しくなってきただろ?》
藤井のランエボがパッシングした瞬間、肉人形が両腕を空に挙げて、甲高い雄たけびを上げた。
ドーベルマンの時とは、状況が違う。
鍛冶町通りに建つ、全ての建物が咆哮に共鳴して揺れ動いていたからだ。
《さあ、第二ラウンドといこうや、姉ヶ崎あやめ!
ルールは琵琶湖と同じだ!
お前が死ぬか、コイツが負けるか!
浜松80万市民の命を懸けた、今夜のメインディッシュだ!》
脂汗滲む右手を突き出し、あやめは再度、アトリビュートを具現化。
手の甲の紋章を光らせ、水の滴る剣を自らの中から引っ張り出すのだった。
「村雨っ!!」
が、その刃紋は、彼女の精神を現しているのか。
冬の寒く冷たい海の如く、真っ白で荒い大波を刃先に向けて、大きくうねらせているのだった――!!
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