33 藤井の憎しみ…挑発

 「あれは…人間の死体!?」

 

 遠くから2人の応酬を見ていた雪凪と内山。

 交差点から1ブロック離れた規制線で、銃を握りしめながら、あやめの華麗な攻撃を見学していた。

 が、交差点に転がった物体に、内山は我が目を疑うしかない。


 トランクから出てきたのは、目を見開き息絶えた、若い男性の死体。

 それも全裸の状態。

 しかし、胸には、あの半紙で出来た式神が。


 この死体が、肉人形のために差し出されたものであることは、容易に理解できた。


 「まさか、人間の死体で、さっきのバケモノを?」


 驚く内山の横で、雪凪は言った。


 「ええ、可能よ」

 「姉ヶ崎、どういうことだ?」

 「破裂式肉人形は、反魂の術を応用して生み出した魔術師禁忌の技。

  死した者に、息を吹き込む呪術の一つなの」

 「おいおい、じゃあこいつは、いわばゾンビみたいなものってことか」


 雪凪の頷きに、彼は血の気が引いた。

 相手は、どこからか持ってきた人間の死体で、また図画工作をやる気らしい。


 「趣味が悪いぜ、あの藤井って奴は。

  こんなことをして、一体目的は何なんだ?

  最終電車を消したのも、アイツなのか?」


 すると――


 「電車を消したのが藤井だとするなら、その動機は1つしかないわ。

  認めたくないけど、幼稚で短絡的で、それでいて複雑怪奇な動機がね」

 「はぁ?」


 ■


 《忘れたのかい、あやめ。

  俺は楽しみは、最後に取っておくタイプだってことを。

  メシも、遊びも、殺し合いだってだ》

 「さっきのはオードブル、って言いたいの?」


 あやめは、手にしていたアトリビュートを、再び自分の体内に封印して、藤井の乗るランエボに向き合った。

 ヘッドライトだけを点灯させる、4WDスポーツカーへと。


 《そうさ。 あの肉人形は、ほんのお遊び。

  これからが本番だよ。

  君なら知ってるはずだ。 破裂式肉人形の最強個体、そいつを生み出す条件を》


 彼の声と同時に、打ち捨てられた死体の胸部。

 貼り付けられた式神が輝くと、蒼白の身体が飛び跳ね胸部が破裂し、心臓が飛びだした。

 直後、あやめによって切り裂かれた肉人形の残骸と血液が吸い寄せられ、死体を食い破り、たちまちに憑依していく。


 「死人を式神として使役すること。

  文化的に、そして宗教的に繊細で禁忌とされてきた、死の奴隷化。

  でもそれは西行法師以外、誰も辿り着くことができなかった、究極のネクロマンシズム」


 自分の思考を整理するように淡々と吐き出していた彼女は、すぐに藤井がたどり着いた境地と、その危機に気づいた。

 

 「まさかそれを、お前が体現させたとでもいうのかっ!」


 目を見開き叫んだあやめに、藤井はオーロラビジョンのスピーカーを介して言う。


 《既にたどり着いていたさ。 誰よりも早く。

  だが、すんでのところで君に邪魔されたよな。

  琵琶湖を実験場にした、俺の永遠の自由研究。

  その舞台、最高傑作をお前は潰し、俺のプライドをズタズタに切り裂いた!》


 自然と、藤井の声に力が入る。


 《10年だ、あの計画のために10年を費やした。

  時にはクラスメイトを殺して、その死体を使った。

  それだけの用意をして、自分の人生全てをぶつける覚悟で挑んだんだ!

  それなのに、お前は俺から全てを奪った!

  右手にケロイドを刻んでな!

  だから俺は、お前の、いや女として大事なものに、同じように傷を刻んだんだんだ!

  君を孤立させ、代わりにお前の身体を切り裂き、女としての価値、プライド、幸せ、その全てを奪ったというのに、君は性懲りもなく生き続け、俺の脅威となり続けた!

  あの屈辱は忘れないし、君を完全に壊さなければ、私の復讐も自由研究も完成しない!》

 「変態が…っ!」


 

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