32 あやめの華麗な攻撃

 姉ヶ崎あやめは、雪女と人間のハーフ。

 単に言うなれば、半妖だ。

 しかし今、自分だけの武器、アトリビュートを手にしたあやめは、確実に雪女の血が流れる夜叉となっていた。


 「あと二体……」


 破壊されたパトカーの海を歩き回る、2体の肉人形。

 互いに咆哮をあげて、村雨を握るあやめを威嚇していたが、今の彼女にはどうということもない。

 恐れの感情は、当の昔に吹っ切れた。


 「フッ……所詮は犬、か…」


 パトカーの屋根でゆらりと動いた刹那、近くにいた肉人形の鉤爪が、腕からもぎ取られ夜空に舞い上がった。

 

 気が付けば、あやめの姿は肉人形の後方。

 滑走しながら道路に降り立ち、余裕を見せて刀を空振り。

 その数秒後には、切り取られた鉤爪がスクランブル交差点に突き刺さり、コンマ数秒後――


 ウオアアアア…


 爪をもぎ取られた肉人形の身体が、悲鳴と共に真っ二つ!

 あやめが動いた時間は、5秒とかかっていない。

 一体、どうやって!?


 胸から真っ二つに切り裂かれた肉人形は、そのがっしりした肩で足元のパトカーを潰すと、体内から鮮血の噴水を吐き出して息絶えた。

 強酸に相当する血が、街路樹やアーケードを溶かして。


 ドオン!


 体中の血を吐き出して倒れた肉人形の衝撃に驚くことなく、あやめは最後の一体を睨みつけた。


 「あと、一体。

  でも、これ以上、奴の血をばら撒いたら、街が……っ!」


 あやめはポケットから、楕円形のカラフルな和紙を取り出した。

 紙風船。

 もう一度言おう。

 何の変哲もない、紙風船。

 

 「だったらっ!」


 左手に広げた5枚の紙風船を、肉人形に向かって投げると、途端に膨らみ、風もないのにゆらゆらと漂い始める。

 鮮やかな直径20センチほどの球体。

 街の光を浴びて、赤や緑の天然色が眩しい。


 混乱する肉人形だったが、気づけば奴の周りを取り囲んでいる。

 避けることもできない。


 勝負、ここに決まれり!

 人差し指と中指を伸ばし、刀印を作りながら左手を胸元に持ってくると、あやめは力強く叫ぶ!


 「駄菓子魔術! ……炎舞えんぶ七段華しちだんかっ!!」


 刀印を真横に切った瞬間、紙風船は轟音と共に弾け、紫色の火の玉となると、互いに引き寄せられるかのように、肉人形の身体へと向かっていく。

 5つの火の玉が1つになった瞬間、その赤くグロテスクなボディは、薄紫の炎に包まれ、頭からつま先まで全身を焼き上げた!

 炎を払おうと、肉人形は悶え、両腕を振り上げるが、無駄な抵抗というもの。


 全てが終わった時、三体目の肉体は巨大な炭となったが、直後に通りを吹き抜けた僅かな微風で、留めていた生物としての形を完全に崩壊させ、ただの灰に。 


 警察官数十人がてこずったバケモノは、5分と経たないうちに、鍛冶町通りから姿を消したのだった。

 

 《そうか、駄菓子魔術》


 オーロラビジョンから流れる声に、あやめはゆっくりと、ヘッドライトを灯すランエボの方を振り返った。


 《菓子やオモチャの持つ、無垢な霊力を利用した、絶滅寸前の異端魔術。

  そうか…村雨を得るより前に、君がその技を受け継いでいたことを忘れてたよ。

  そんなものに頼らなくとも強いはずなのに、今でも魔術を使えるとはな》


 アイドリングするエンジン音と、スモークガラスでは、相手が動揺しているのか笑っているのかすらも分からない。

 それでも、優勢なのはこちらとばかりに、あやめは言い放った。

 

 「自分の力を過信しすぎるのは、いけないことだって教わらなかったかしら?

  確かに私にとって、この村雨は最大で最強の武器。

  私の身体の中に封印していて、私だけが使える。

  でも、全てにおいて完璧じゃない。

  防げない攻撃もあるし、逆に村雨じゃ攻撃できない時だってある」

 《バックアップということか。

  なるほど、次の機会のために、参考にさせていただくとするか》


 藤井の声に、彼女は答えた。

 光のない、蔑んだ瞳でランエボを睨みつけながら。 


 「次は無いわよ、藤井。

  これが、アンタの今の実力だって言うのならね。

  しつこく誘ってくるから、私も本気で踊ってあげたっていうのに、このザマ……なにが汚いノクターンを忘れさせてやる、よ。

  肉人形を出してきて、身構えた私がバカだったわ」

 《……》

 「ふざけてるなら、この街から、いますぐ消えなさい。

  きさらぎ駅に閉じ込めた人たちを、ちゃんと元に戻してからね」


 その時だった!


 《これが俺の実力だって? ……アッハハハハ!!》


 オーロラビジョンのスピーカーから、高らかな笑い声が、街中に響き渡った。

 あまりの大声に、ハウリングを起こすくらい。


 「なにがおかしい?」


 あやめはあくまで、声のする方ではなく、その主が乗ってるであろう車を見据える。

 が、その質問に、彼の声は答えなかった。

 その代わりに――

 

 バンっ!


 またしても、ランエボのトランクが開かれ、先ほどのドーベルマンよりも大きく、重たいものが飛び出し、交差点の上に転がった。

 細長く、ずっしりとしていて、冷たい土気色。


 動物?

 金属?


 否!


 あやめは、その正体に眉をしかめた!


 「お前……まさかっ!」

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